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借りてきた児童文学備忘録、盛岡市高松(市立図書館)、「エーミールと探偵たち」「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」。

読み終えた本から。
今回の児童文学備忘録はこれで最後。
次はまた数カ月先になると思う。
たぶん。



IMGP8169.jpg
エーミールと探偵たち
点子ちゃんとアントン
飛ぶ教室
著:エーリヒ・ケストナー 訳:池田香代子

エーリヒ・ケストナーはドイツの人。
ドイツの児童文学。

私が7月に読んだ児童文学で
長くつ下のピッピがあるけれど、
その作者であるアストリッド・リンドグレーン、
そして、今回のエーリヒ・ケストナーは
国際アンデルセン賞を受賞している。

国際アンデルセン賞は
国際的な児童文学の賞。小さなノーベル賞とも言われる賞らしい。

今回はまとめて3作品。


エーミールと探偵たち

この物語は少年たちの友情とちょっとしたミステリーが混ざったような作品。
エーミールはお母さんと二人暮らしで
お母さんはひとりで美容室を経営している。
今回、エーミールはおばあちゃんの家をたずねることになった。
いつもお母さんはお金をおあばちゃんに送金していたけれど、
今回はなかなかお金を工面することができず
ようやく、お金を工面することができた。
エーミールがおばあちゃんの家に行くので
そのお金をエーミールに届けてもらうことになった。
エーミールは140マルクを手に汽車に乗る。
(10数万円くらいの価値らしい。)
コンパートメント(汽車の個室)へつくと、
そこにはおばさん、おじさん、山高帽の男の人がいた。
エーミールは大金を胸ポケットに入れ、何度も気にする。
そして、あることを確認するとほっとするのだった。
エーミールはお金を落とさないように封筒にいれたお金を
胸ポケットに入れ、ポケットの上からピンをさした。
お札ごとピンを通して胸ポケットに固定した。
これで落ちることはない。
個室の人々はみんな親切だった。
途中でおじさんとおばさんはいなくなり、山高帽の男の人だけになった。
しだいにエーミールは寝てしまい、
起きると、目的の駅をまだついていない。
それはよかったけれど、
山高帽の男の人がいなくなったいた。
お金は大丈夫だろうか、と胸ポケットを確認するとなくなっていた。
しっかりとピンで固定したのに。
エーミールはすぐに駅を降りた。
すると、山高帽の男の人を発見。
この男は別の個室に移動して、この駅で降りたところだった。
エーミールの尾行が始まる。

エーミールはこの町で尾行しているときに町の少年に声をかけられ
事情を話すと、おもしろそうだと、町中の仲間を集め、山高帽の尾行、監視をする。
という流れで話は進んでいく。
エーミールは警察にいえない事情があり、
自ら行動に移す。
少年たちの友情がなんともいいけれど、
爽快感のある物語だ。
最後のところなんかは、なかなかユニーク。


点子ちゃんとアントン

この物語を初めて知ったのは
映画だった。
エーリヒ・ケストナーを知ったのもこの映画だった。
まだ昔の場所にあったころのフォーラムで観た。
映画と原作では話が違っている。

点子ちゃんはお金持ちの子。
おとうさんはステッキ工場を経営していて
街の真ん中に家を構え、
部屋は10室あり、お手伝いさんと点子ちゃんの養育係がいる。
おかあさんは家事をお手伝いさん(太っちょのベルタさん)に全てまかせてあるし、
子育てのようなことは養育係(アンダハトさん)にまかせ、
いつも外出している。
点子というのはあだ名で、
生まれたときは未熟児だったようだ。
すごく小さかったらしい。
それで点子となったようだ。

アントンは点子ちゃんの家庭とは対照的で貧しい。
母親と二人暮らし。(エーミールと設定が似ている。)
母親は家政婦として働いていたけれど
最近は病気で家で寝込んでいる。
アントンは家賃を払うため、食費を稼ぐため、
夜は橋のところで靴紐などを売っていた。(昼は学校。)
床屋に行くと、料金は分割で払っていた。
床屋もアントンの家庭事情をわかっているようだ。

物語はちょっと変わった始まり方だ。
点子ちゃんが壁に向かって芝居をするところから始まる。
「マッチはいかがですか。」とふるえる声で。
「わたしども貧しい者を」と、貧しさをアピールしてのマッチ売り。
点子ちゃんの家は金持ちである。
というのも、実は夜に養育係のアンダハトさんといっしょに家を抜けだして
橋のところでマッチを売っていたのだ。
アンダハトさんは目の見えないお母さんという役で、
点子ちゃんが貧しさをアピールしてマッチを売っていた。

この物語は点子ちゃんとアントンの友情の物語。
点子ちゃんのユニークさとアントンの母親思いの姿がいい。

映画のほうは脚色がなされ
家庭のあたたかさみたいなものをメインにしたお話だけれども
すっかり、内容は忘れている。
借りて観なくては。
映画化されている児童文学を観るのもいいかもしれない。


飛ぶ教室

こちらは学校・学園もの。
学校の寮(寄宿舎)で生活しながら勉強をしている少年たちの友情物語。
ケストナーはクリスマスの物語を書きたかったようで、それがこの物語となった。
こちらも映画化されているけれど、観たことはない。
飛ぶ教室、というのは
少年たちがクリスマスで行う演劇のタイトル。
飛行機に乗って世界中を旅をする、ということらしい。
寄宿舎で生活している子どもたちにとっては
クリスマスは楽しみで
家に帰って家族ですごすもの。
久しぶりに親に会えるし、
料理にプレゼントにと、しあわせの象徴。
この物語はクリスマスまでの学校のお話。

飛ぶ教室の練習をしていると
体育館のドアを乱暴に開けてきたフリドリーン少年がいた。
いっしょにいた少年クロイツカムが実業学校の生徒たちに誘拐され、
フリドリーンの書きとりノートが奪われたという。
実業学校の生徒とは昔から仲が悪く
いつも、いざこざがあるようで、
今回もその流れのようだ。
少年たちは近くの市民農園で暮らしている禁煙さんに相談に行く。
禁煙さんは35歳で払い下げの汽車の客車を買って市民農園に置き、
それを住居として暮らしていた。
その客席には禁煙車と書かれていて、
それが禁煙さんの由来。
子どもたちは禁煙さんが大好きだった。
そこで今回のことを相談すると
お互いに代表者を出して、一対一の決闘をすることを提案した。
少年たちは決闘をしてる間に人質救出作戦を実行する。

という流れ。
この物語を読んでいると
今の日本ではこんな物語は書けないだろうな、と思ってしまった。
もちろん、時代も環境も全く違う。
(ケストナーがこの物語を書いていたのは
ドイツ・ナチス政権が誕生したあたり。)
子どもたちが喧嘩をし、顔ははれ上がり、血を流す。
けれど、それが日常的にあった時代なんだろう。
よく昔の外国の児童文学を読むと
時々、喧嘩のようなことがあるけれど、
それはどこか暗黙のルールみたいなのがあって、
半分、スポーツ的なものを感じる。
ひきょうなことはしないわけではないけれど、
大きく逸脱するようなことはしない。
すごくひきょうなことをすると、
仲間からも非難され、グループから外されるなんてことがある。
今だと、学校同士のヤンキーが戦うような話になってしまいそう。
そしてすごく陰湿な話になってしまうかも。
社会的にいろいろ敏感になっているから、なおさら。
だから、たぶん、日本の児童文学の分野においては生まれにくいだろう。


IMGP8171.jpg
今回の三作品に共通していることは
子どもたちの友情だったり、
エーミールやアントンのような母親思いの姿。
飛ぶ教室でもそういったシーンがある。
母親思いのところは、ケストナーがそのような環境だったからなのかもしれない。
ナチスに立ち向かった作家でもあるらしいケストナー。
また、読める機会があったら、いろいろ読んでみたい。

今回も楽しめました。
ありがとうございました。


盛岡市立図書館
平日:9時00分から18時00分まで
土曜日・日曜日・祝日:9時00分から17時00分まで
休館日:月曜日・年末年始(12月29日から1月3日まで)・図書点検期間

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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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