スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

石川家が住んでいた武家屋敷vol.1、盛岡市中央通、啄木新婚の家。

4月のよ市があった日。
よ市が始まるまでのブラブラ。


IMGP6837.jpg
啄木新婚の家に行ってみる。
啄木が亡くなってから100年らしいですね。
1912年(明治45年)4月13日に肺結核で亡くなった。
年齢は26歳。


IMGP6854.jpg
武家屋敷を使ったもので
昔はかやぶきだったらしい。

新婚当時に3週間だけ住んだとされる家。
啄木の親と妹と同居生活。
ふすまで区切られた部屋だから、
落ち着かないかもしれませんね。
新婚生活ですし。


IMGP6855.jpg
一応、表札がありますけれど、
啄木はここから出入りしていたのではなく、
裏側の入口から出入りしていたので、
あるとすれば、裏側の入口のところにあるべき表札。
そもそも、これは本物なのか、作ったものなのかはよくわからない。
というか、調べてみたら
啄木ってペンネームではないか。
本名は石川一。

この建物には出入り口が4つくらいあった。


IMGP6856.jpg
銀座の柳三世がこんなところに。
岩手日報前の鶴ヶ池のところなど、ほかのところにも植えられている。
銀座の商店街から贈られた銀座の柳。
啄木は明治42年3月から明治45年4月までの約3年間、
当時、銀座にあった朝日新聞社で校正係として勤務していたとのこと。
(校正:誤字などの不備をチェックする人。)


IMGP6857.jpg
写真ではどれが柳かわからない。
葉が出てくるとわかりやすいと思うけれども。


IMGP6853.jpg
玄関へ。


IMGP6852.jpg
啄木がひょっこり顔を出していますけれども、
個人的には建物のほうが興味があるので
そちら中心です。
こういった、天井が斜めになっているのも面白い。


IMGP6838.jpg
古い時計。
八角柱時計。
どこのメーカーかはよくわからないけれど、
いいですね。


IMGP6840.jpg
縁側のある部屋へ。
あの雨戸についている窓はあとから付けたかもしれない。


IMGP6842.jpg
らんまからは向こうがはっきりと透けて見える。


IMGP6843.jpg
こういったものがあちらこちらに。


IMGP6851.jpg
この武家屋敷は杉や松が使われていて
同心(下級役人)屋敷程度のものらしい。
啄木が使った部屋はオレンジの4畳半の部屋。
玄関はその下。
見学ができるのは黄色とオレンジの色がついたところだけ。

次は啄木の使った部屋へ向かいます。

つづく。


啄木新婚の家
盛岡市中央通3-17-18
019-624-2193
8:30~18:00(4-11月。無休)
9:00~16:00(12-3月。毎火定休)
12/28-1/4休館。
入館無料
駐車場:自家用車についてのみ、勤労青少年ホームの駐車場(空きがある場合のみ)

グーグルマップ:籠り部屋からの拾い価値
検索フォーム
カテゴリリスト

各アイコンの説明。

カテゴリオープン
カテゴリクローズ
個別カテゴリ
全カテゴリオープン
全カテゴリクローズ

  • plus
  • minus
プロフィール

ウシポニ

Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

お知らせ、メモなど
  • 感想文の更新は終了いたしました。ブログの更新も2016年6月をもって終了いたしました。今後の更新はございません。今までありがとうございました。
最新記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。