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材木商の町から賢治の町へ、盛岡市材木町、盛岡町名由来:材木町、茅町(かやちょう)。

4月のよ市のあった日。
材木町のもりしん近くにある
盛岡町名由来。
ちょっとだけ、さんさ踊りをする子供写る。


IMGP6868.jpg
材木町、茅町(かやちょう)

・材木町は昔、岩手町といった。
(岩手山がよく見えたからなのか、岩手郡各村からの移住者が多かったためなのか。)
・明暦元年(1655)に材木町と改める。
(材木商が盛んだったため。)
・そののち、かば町(柾町)と呼んでいたが、文化年間(1804-1817)になって材木町と定められた。
・材木町に続く北の街並みは久慈町といったが、文化九年(1812)に茅町と改める。
(久慈町は久慈から来た人たちが集まってできた町だと思う。)
・材木町、茅町は滝沢、厨川、雫石方面をひかえた商店街として栄えた。
(秋田方面からの入口とも言えるかもしれない。)
・幕末には、近江屋勘兵衛、恵比寿屋助右衛門、宮田屋重治、豊島屋喜之助など。
・新田町へ通ずる夕顔瀬橋は洪水のたびに流失。
・明治二年(1765)、北上川の中に大きな石で中島を築いて橋げたを高くして造った。
・茅町側の橋のたもとに惣門と御番所があった。
(惣門:外構えの大門。)

茅町は夕顔瀬橋の材木町側から梨木町へ向かう道のことだろうか。

ここにも近江商人がいる。
町は商人たちが作っているいるということなんですね。

今、この町の雰囲気を作っているのは、宮沢賢治であり、光原社で、
そこが中心となっているけれど、
そういった雰囲気や味のあるお店が並ぶと
町の色が濃くなっていいですけれども。

個人的には
夕顔瀬橋近くの立花製靴店でオーダーメイドの靴を作ってみたい
とおもうけれど、
4万円~らしい。(スーツではく皮靴だと)
まだまだ、先の話になりそうです。
(というか、スーツすら着る機会が少ない。
お値段はネット調べ。今のお値段は違っているかも。)


参考・出典
盛岡市-盛岡町名由来記-材木町、茅町

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