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商人たちの街、盛岡市中ノ橋通、盛岡町名由来:呉服町、六日町。

2月のベーグルを買った日。


IMGP6518.jpg
肴町アーケードへ向かい、通りぬけ、


IMGP6521.jpg
旧第九十銀行本店本館のところ。
盛岡町名由来を発見する。

呉服町、六日町(ごふくちょう、むいかちょう)
・呉服町は新町・中町と言われていた。改称は文化9年(1812)。
・毎月26日が呉服町の市日。
・小野組最大の支店であった井筒屋善八郎を筆頭に
 渋谷善兵衛(味噌醤油・呉服)
 近江屋治郎兵衛(呉服)→三男:平金商店
 井筒屋徳十郎(酒屋)
 近江屋市左衛門(酒屋)
 近江屋善六(質屋)
 近江屋覚兵衛(呉服)等があった。

・六日町は呉服町と上衆小路(現:下ノ橋町や清水町の一部?)の間、二丁あまり。
 (1町、1丁は約109.09m→つまり、約218m。)
・毎月6・16日が市日。
・木津屋権治(醤油)(→仙北町の「みそ処・木津屋」だと思われる。)
 油屋孫六(油屋)等があった。
・盛岡郵便局の前身盛岡郵便局役所が明治5年5月に開設されたのは六日町。

※平金商店は近江屋治郎兵衛の末裔で
三男・治助が、盛岡城下、油町の一角で酒造業を創業したのが始まり。
油町は本町通一丁目。

たぶん、豪商の流れを汲むお店はほかにもあると思うけれど
文献を調べてみないとわかりそうにない。

岩手銀行中ノ橋の交差点から南西へ2丁が呉服町。栃内病院手前付近までか?
栃内病院付近からゆうきや、盛岡信用金庫六日町本部あたりが六日町?
だいたい、2丁で区切るとこんな感じになりそう。
それとももうちょっと先までだろうか。
文献等できちんと調べないとわかりそうにない。

盛岡の街の歴史、勉強になりました。


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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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