スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

利益は誰のために 第13回、P.F.ドラッカー:マネジメント。

マネジメント1
利益は誰のために 第0回
【第1回】【第2回】【第3回】【第4回】
【第5回】【第6回】【第7回】【第8回】
【第9回】【第10回】【第11回】
【第12回】

第13回

第13章 例外的存在とその教訓

『公的サービス機関のマネジメントさえ、
「われわれの事業は何か。何になるか。何であるべきか」
というリスクを伴う問題を正面から取りあげることによって、
なすべきことをなすことができるようになることを示している。』
(マネジメント上 P189)

ここでは、公的サービス機関の成功例として
いくつか挙げています。
公的サービス機関でも、
定義をして、方向性を定めたところは
成功している場合があるようです。


AT&Tの場合


AT&Tとはアメリカの電話会社です。
セオドア・ヴェイルは徹底的に検討した結果

「われわれの事業はサービスである」

という定義に到達します。

顧客満足度とサービス充足度という尺度によって
料金を下げつつ、サービスを向上させました。


アメリカの大学


アメリカの大学を作ろうとした
数人の教育者たちは、共通の危機感を持っていました。
人口が増えているのに、大学生の数は減少していました。

共通の危機感を持っていましたが、
それぞれの定義、目的とミッションは違っていました。

ハーバード大学は、リーダーの育成。
コロンビア大学やシカゴ大学は、
教育、経済、行政、外交など近代社会の直面する問題の適応。
ジョンズ・ホプキンス大学は、高度な研究。
コーネル大学は、国全体の教育水準の向上。

これによって、様々な成果を挙げることになります。

『~大学が社会のリーダーとなり、
パワーセンターとなり、知的、社会的、政治的権威となっていた。

1860年には、アメリカの大学生の対人口比は
主要先進国中最低だった。だが1900年には最高になった。

~アメリカは学術、研究、科学をヨーロッパに依存していた。
ところが1900年のアメリカには、
~哲学のウィリアム・ジェイムズ、教育のジョン・デューイ、
歴史のチャールズ・ベアードとフレデリック・J・ターナー、
物理学のアルバート・マイケルソンは、
すべてアメリカの大学の人間だった。

~これらアメリカの大学の成果こそ、
目的の定義へのこだわりによって得られたものだった。』
(マネジメント上 P193-194)

これがもし、ただ人を集めて収入を得て
大学の維持だけを考えるようなものでしたら
このような人材やリーダーを輩出することは
なかったでしょう。


リリエンソールとTVA(テネシー川流域開発公社)


ローズヴェルトに任命された
法学部出身の無名のデイヴィッド・リリエンソールは、
TVAの定義をします。
低コストの電力を豊富に供給することである、としました。
今日(1970年)では、治水、水利、肥料生産、地域開発まで
立派に実現しているそうです。


明治維新の教訓


ここでは、鎖国後、外国勢に追いつけ追い越せと
やっていた時期のころを例に挙げています。
近代国家となってロシア帝国を破ってしまって
一大貿易国となり、世界の歴史上の識字率100%に
なっていた、と書いています。

実際には識字率100%とまではいかないのでは
ないでしょうか。
けれど、その当時の日本の識字率は
海外と比べてダントツに高かったようです。

定義は、日本の独立と文化と伝統を守ること、
とされたようです。
目的は富国強兵と要約され、
軍事力増強、経済発展、識字率向上、地方自治、裁判制度
の5つの分野に力を入れます。
異論はありましたが、
優先順位にこだわり、勤勉な人材をそれらの問題に
集中的に投入しました。

優先順位が低いものは
力を入れていなかったわけですが、
民主化がなっていなかった時代、
つまり、ある程度、強制力が効いた時代の特徴を
活かしたやりかただった、というわけです。


市場か社会主義的競争か


『予算型組織にまつわる問題は、
市場に任せることによっても、
非営利にすることによっても解決はされない。

市場に任せるアプローチは
資本主義的であると解されている。
誤解である。
市場に任せて、かつ社会主義的であることはできる。
生産手段が資本家の手中にあるかどうかは問題ではない。
問題は、マネジメントに自立性があるか否かである。
成果中心に資源が配分されるか否かである。』
(マネジメント上 P197)

アメリカの大企業は
年金基金と投資信託基金の手にある、
と書かれています。
投資家の手にある、ということのようです。
このことをドラッカーは
国有化抜きに社会化された、と書いています。

アメリカの大企業のことはよくわからないのですが、
ほんとうに社会化されたのでしょうか。
一部の投資家たちに所有されている、
とはならないのでしょうか。
これは感覚で書いてしまっていて
調べてはいないので、なんとも言えませんが。

社会的なサービスが成果を挙げるには
マネジメントが自立していることが
必要のようです。


公共政策の限界


ここでもドラッカーは「廃棄」について
書いています。
同じやり方で成功し続けることは難しく、
陳腐化したものは廃棄しなければならない、
その廃棄システムが必要、としています。

毒となったものを排出できず、
貯まり続ければ、ガンにもなりますね。

今回例に挙げた組織はその当時のやり方で
ずっとうまくいくわけではありません。
その時代によって
やり方を変えていかねばならないようです。


第14章 公的サービス機関の成功の条件


ドラッカーは、公的サービス機関が6つの規律を
自らに課す必要がある、と書いています。


(1)「事業は何か。何であるべきか」を定義する。
  ありうる定義をすべて公にし、それらを徹底的に検討する。
  必要とあれば、異なる定義、しかも一見対立する定義を採用し、
  バランスを計る。

(2)その事業の定義に従い、明確な目標を設定する。

(3)活動の優先順位を検討し、活動領域を定め、
  成果の基準すなわち最低限必要な成果を規定し、
  期限を設定し、担当者を明らかにし、成果をあげるべく仕事をする。

(4)成果の尺度を定める。それは、例えばAT&Tが尺度とした顧客満足度、
  明治の日本が社会発展の尺度とした識字率である。

(5)それらの尺度を用いて、自らの成果についてフィードバックを行う。
  成果による自己管理を確立する。

(6)目標と成果を照合する。目的に合致しなくなった目標や、
  実現不可能であることが明らかになった目標を識別する。
  不十分な成果や非生産的な活動を認識する。
  不十分な成果に資金とエネルギーを投入し続けることのないよう、
  非生産的な活動を廃棄するシステムをつくりあげる。

(マネジメント上 P200-201)

本書では(6)の廃棄のステップが最も重要と書かれています。
企業で(6)のステップがなければ、倒産するメカニズムだと
はっきり書かれています。
ですから、公的サービス機関にも求められる、とのことです。

PDCAのAの部分に相当するでしょうから、
検討、分析をやって、何もせずに終わってしまっていたのでは
何も変わらないでしょう。

マネジメントのことについて書かれていますけれど、
これはいろいろなところ、
組織だけでなく個人の活動にも応用できるところです。
あるいは人生においてもです。

改めて、こうやって書いてみて、
気づかされるところがたくさんあります。
読んでいただけでは、そのまま流れていって
気がつかないでしょう。

『特に昨日の成功についてこそ、目標、活動、成果の点検が必要である。
恒久的な成功などありえない。
しかるに、成功は失敗よりも捨てることが難しい。
すでに誇りを育てている。
成功は愛着を生み、思考と行動を習慣化し、過信を生む。
意味のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい。』
(マネジメント上 P201)

「成功は失敗よりも捨てることが難しい」
「意味のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい」

なんとも、はっきりと言ってくれます。
もう一度、書いてみたくなります。


「意味のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい」


ドラッカーは名言だらけなわけですが、
的を得た言葉です。


公的サービス機関の種類


『成果に対して支払いを受けるのではなく、
計画と活動に対して支払いを受けるという意味での
公的サービス機関は、大きく分けて三種類ある。

(1)第一に、自然独占がある。
  独占事業は経済的な財やサービスを生産する。

(2)第二に、予算から支払いを受けて事業を行う
  公的サービス機関がある。

(3)目的と同じように手段が意味をもち、
  したがって手段の統一性が不可欠であるという
  公的サービス機関がある。』
(マネジメント上 P202-203)

(1)は電話や電力など。
(2)は大学など。
(3)は行政組織ほとんど。


自然独占での規制


(1)自然独占(電話や電力など)で必要なことは、
組織構造の単純化と書かれています。

公的サービスの中では最も成果を挙げやすいので
民間にして規制をかけたほうがよいようです。

この規制がないと、
独占状態になって、
つまり、そこに王国ができるようなものですから、
やりたいほうだいで、
顧客から搾取するようになるようです。

国有化してしまうと、
搾取はないけれど、効率とサービスが悪化し、
料金が高くなり、ニーズは無視し、
救済手段が与えられない、
ということになるようです。

以下は研究所の例です。

『自らが世界的に有名な科学者である研究所長は、
研究員の一人ひとりに対し、
「この三年ないし五年の間に、ビジョン、知識、業績において
どのような貢献をしたか」
「これからの五年間、それらのことについて
どのような貢献をするつもりか」と聞いている。
この人によれば、初めこれらの問いかけには
ほとんど答えがなかったという。
返ってくるのは、研究の「無形性」や「美しさ」についての
弁説だけだった。
しかし、何年も質問を繰り返しているうちに
答えが返ってくるようになり、
やがて数年後には、研究成果まで
返ってくるようになったという。』
(マネジメント上 P205)

問いというのは大きいです。
問われて、答えを返すとき、
自分なりに何かを考え、発見するのです。
自ら発見する、という行為をしないと、
身にならないのです。


公的サービス機関における社会主義的競争


(2)の学校、大学、病院、企業内サービス部門。
これらは先進国特有のもので、欠くことできなものばかりと
書かれています。

これらの機関の目的は公的でなければならず、
成果については最低限の基準を設けておく必要があるようです。

マネジメントは自立していなければならず、
顧客は複数の中から選択できることが望ましく、
水準以上の成果をあげるには、競争が必要と書かれています。

本書で書かれている、社会主義的競争とは、
このことのようです。


行政機関での監視


(3)の行政機関は、マネジメントの自立はできず、
政府の直接意思決定にゆだねなければならないけれど、
目的の決定、優先順位の設定、成果の測定は不可欠、
と書かれています。

このような機関の場合、
独立した監視が必要のようです。

本当に独立していて
監視が機能しているのか、
という疑問が多く残るところではあります。

成果をあげられないプログラムを
廃棄できないでいることが問題の原因と書かれています。


公的サービス機関のマネジメント課題


『今日、公的サービス機関は、
マネジメントの不足に悩んでいるのではない。
公的サービス機関のほとんどは、
むしろマネジメント過剰であり、
手続き、組織図、手法の過剰である。
必要なことは、
公的サービス機関を成果に向けて
マネジメントすることである。
これこそ最大かつ最重要のマネジメント上の課題である。』
(マネジメント上 P211)

民間、競争、監視と
タイプ別の方法について書かれていました。

言われてみれば、
そのようになっているかな、と思うところですが、
形骸化している場合もあるかもしれません。

公的サービスでも定義や目標は必要ですし、
廃棄システムも必要ということのようです。

つづく。


【出典・参考】
マネジメント[上]
マネジメント[中]
マネジメント[下]
著:P.F.ドラッカー
訳:上田惇夫(うえだあつお)
ダイヤモンド社


利益は誰のために 第14回
検索フォーム
カテゴリリスト

各アイコンの説明。

カテゴリオープン
カテゴリクローズ
個別カテゴリ
全カテゴリオープン
全カテゴリクローズ

  • plus
  • minus
プロフィール

ウシポニ

Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

お知らせ、メモなど
  • 感想文の更新は終了いたしました。ブログの更新も2016年6月をもって終了いたしました。今後の更新はございません。今までありがとうございました。
最新記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。