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利益は誰のために 第11回、P.F.ドラッカー:マネジメント。

マネジメント1


利益は誰のために 第0回
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【第9回】【第10回】


第11回


第10章 企業家的スキルとしての戦略計画


『今日、長期計画は誤解されている。
短期の計画にも戦略は必要である。
しかも、長期は短期の決定によってつくられる。
したがって短期計画に組み込まれず、
しかも短期計画を基礎にしなければ、
いかに精巧な長期計画であっても
無駄な作業に終わる。
逆に今日の短期計画も、
長期計画に位置づけられていなければ、
その場しのぎ、あてずっぽう、間違いとなる。』
(マネジメント上 P153)


長期と短期のバランスが必要と書かれています。
それぞれが関係しあっていて、
片方だけ、というのはなさそうです。


長期計画を大枠とし、
その枠に短期計画のブロックを積み上げていく、
というイメージで良いのでしょうか。


けれど、
ドラッカーの上記の言葉だと、
短期の先に長期がある、と書かれていますから、
短期計画の積み上げの先に長期計画がある
ということになります。


まず、われわれの事業な何であるべきか、
という最初の問いによって
使命と方向性があり、
その次に具体的な目標を決めました。
そして、資源を投下する
照準を定めました。


その目標を達成するための
戦略計画となるわけですが、
なぜ、長期よりも短期を基礎とするのか。
ドラッカーはわかりやい例を挙げています。


『1970年代初めに、1985年に何かをすることを
決定したとしても長期計画とはいえない。
暇つぶしにすぎない。
8つの男の子が大人になったら
消防士になると計画するようなものである』
(マネジメント上 P153)


消防士になることが夢や理想、希望であるならば
いいのかもしれません。
そちらの方向で行こう、と思うわけですから。


その成長過程で得た経験や知識、技術、能力、
その成長過程で得た、向き合い方、正義感など
精神的な面においてでも
向上が見られるかもしれません。


途中で、当然、様々な出来事があり、
価値観の変化があり、
時代の変化、環境の変化があります。
時には、自分の力がまったく及ばない、
大きな出来事があるかもしれません。


そういったときに、目標や方向性が
変更されるでしょうけれど、
その過程で得たものがあるわけで、
利用できるわけです。


必ずしも、消防士になれなくても、
関連の職業に就くかもしれない、
警察官や医師になるかもしれない。


場合によっては、パークレンジャーのような
自然を見守る方向に行くかもしれないし、
何かの研究者になるかもしれない。


スポーツ選手になるかもしれないし、
パン職人やパティシエになるかもしれないし、
栄養士になるかもしれない。
子どもに関係する職業に就くかもしれない。


もし、8歳の男の子が
消防士という方向性を持っているのならば
身体能力や判断力の向上という
身近な目標があります。
そうするとスポーツで目標・計画を
作るのがいいのかもしれません。
そして、これは子ども自身が決めることです。


もし、具体的に消防士になるならば
高校生あたりから計画し、
体力などをつけるトレーニングや
知識を身につければいいわけで、
それから、関連する大学へ
となるでしょう。


私は高校生のときは
何も考えていませんでしたけれども。


本書では
何が短期で何が長期なのかは
時間の長さでは決められない、
と書かれています。



戦略計画ならざるもの



ここでは戦略計画とはいえないものを
挙げています。



(1)第一に、戦略計画は魔法や手法の束ではない。
思考であり行動である。

(2)第二に、戦略計画は予測ではない。
それは未来の主人になろうとすることではない。

(3)第三に、戦略計画は未来の意思決定に
関わるものではない。
現在の意思決定が未来において
もつ意味に関わるものである。

(4)第四に、戦略計画はリスクを
なくすためのものではない。
最小にするためのものでさえない。
そのような試みは、最後には、
不合理かつ際限ないリスクと破滅を招くだけである。

(マネジメント上 P154-157 部分抜粋)


(1)では、「われわれの事業は何か」「何であるべきか」
という重要な問いは定量化できない、と書かれています。
コンピュータにプログラムすることはできないと。
そして、定量化自体も戦略計画ではない、と言います。


『戦略計画とは、
意思決定に科学的な方法を適用することでもない。
それは、思考、分析、想像、判断を適用することである。
手法ではなく責任である。』
(マネジメント上 P154)


戦略計画は責任。


重みと実感があります。
現実的実感です。
魔法や手法の束ではない、と言っていた意味がわかります。



(2)では、未来は予見できない、と言っています。
ある程度予測できる人がいたならば、
10年前にどれが予測できたかを聞けばよい、
と言っています。


実際に聞いても、たぶん、都合のいいものをつなぎ合わせて
予測した、などというのがオチで、
しかも、実際には数撃てば当たる方式で
いろんなことを言っていたりするわけです。


そして、それらを後付けでいろいろと盛っていき、
不気味な存在感や影の影響力みないたイメージをつけ
様々な方向へと持っていく。


逆のパターンもあって、
予測しておいて、あえてその予測に誰かが
合わせて行動実行し、
その予測者の価値を高める方法もあります。


本当に見えないところで
絶大な影響力を持っているものがあるならば
表にでないし、名前すら挙がりません。
その存在は公にできないでしょう。


逆にそういったものが公になっているならば
期限切れの形骸化した存在か、
イメージ誘導のどちらかでしょう。
たとえば、すでに世界の構造は確定していから
あきらめろ的な。


これはスポーツの心理で言うところの
圧倒的大差で差をつけて
戦意をそいでしまう手法と同じではないでしょうか。
しかも、相手が感情的ですとより効果的です。


そういえば、
ヒットラーは何も考えない感情的な民衆を絶賛していましたね。
支配側からすれば都合がいい存在ですから。


けれど、イメージって侮れません。
人は意識よりも無意識が最初に反応しているのでは
ないでしょうか。


デザインなんてのも
人の無意識レベルのところで作用したりするので
そういった意識の入り口というのは大きいでしょう。


ドラッカーは未来を予測しているイメージがあります。
本人が予測はバカげている、といってるのですから、
つまり、予測しているわけではなくて、
過去と現在の流れと人間心理や原理原則から
意見を述べているに過ぎないのかもしれません。
個人内面の動きと俯瞰した大きな流れ、
圧倒的な情報を収集し、分析や解析し、
そこから人がこれから必要とするものを想像する。
本人は、社会生態学者、と名乗っていたそうですから、
予測している感覚はないのかもしれません。


といっても、世の中には予測と称して、
本当の情報を流している場合もあるし
科学的根拠やビッグデータからの予測もあって、
(もちろん、これはデータがあったからといって
予測できるわけではなく、
データを扱えないと予測できないでしょう。)
いろいろのようです。


私の場合は、知識や情報はすべて参考という
位置づけで触れていますので
信じる信じない、というのとは違います。


ドラッカーは予測について以下のように述べています。


『予測というものが、可能性とその範囲を
見つけようとするだけのものだからである。
企業家にとっての関心事は、
可能性そのものを変える出来事である。

企業家の世界とは、
自然物理ではなく人間社会の世界である。
実際のところ、企業が利益によって
報われる唯一の貢献、すなわち企業家的な貢献とは、
経済、社会、政治の状況を変えるイノベーション、
真にユニークな出来事を起こすことである。』
(マネジメント上 P155-156)


ドラッカーは予測はほとんど役に立たない、
と言っています。


なんども書いていますけれど、
市場を開拓するのがドラッカーの考え方ですから
市場に合わせるのとは違います。
ですから、こういう意識や考え方に
なるのでしょう。


最初から2番手戦略をするならば
違った考え方になるのかもしれません。



(3)では、戦略計画は現在においてのみ、と
書かれています。


『計画において重要なことは、
明日何を行うかを考えることではない。
明日のために今日何を行うかを考えることである。』
(マネジメント上 P156)


今日行ったことが明日や未来へとつながるわけです。



(4)では、現在の資源を未来に、不確実な期待に賭けること、
経済活動の本質とはリスクを冒すこと、だそうです。


つまり、そういった不確実性のあるところに
変化の可能性があって、
成果をもたらす可能性がある、ということのようです。



昨日の廃棄



『戦略計画は、事業が目標とするものからスタートする。
あらゆる領域について、
「明日目標を達するには、
今日何をしなければならないか」を考える。

その明日を実現するための第一歩が、
昨日を廃棄することである。』
(マネジメント上 P158)


はっきりとした言葉です。


「昨日の廃棄」というのは、新鮮です。
時間にしろ、人生にしろ、
昨日から今日、今日から明日と
つながっている、という認識ですが、
新しいことをするには
過去と切り離して、
全部、片付けてきれいにしてから、
最初から、というのが
すっきりしていて
廃棄という言葉が
強制的かつ無機質的に感情までも
切り離してくれて
切り替えがうまくできそうな印象です。


よく例えとして
コップの例があります。


コップに新しい水を入れるには
コップの中の水を捨てなければ
入れられない、というようなことが言われますが、
それよりもドラッカーの言葉のほうが
強い印象を残します。


経営という競争激しい現実的な世界から生まれた言葉は
シビアな言葉です。


生産的でないもの、
陳腐なもの、陳腐化したものから
自由になることが必要のようです。


断捨離や片付け、持たないことの
考え方がありますが、
手放すことで、
意識の占有をフリー化できますから、
新たな意識を手にするよい機会になるかもしれません。



何をいつ行うか



『戦略計画において重要なことは、
第一に、目標の設定について
体系的な作業を行うことである。

第二に、昨日を廃棄することから
スタートすることである。

第三に、目標の達成のために、
努力を倍加するよりも
新しい方法の開発に力を入れることである。

第四に、対象とする期間を考え、
必要なときに必要な成果を手にするには、
いつスタートしなければならないかを
考えることである。』
(マネジメント上 P161-162)


タイミングのことについて書かれています。


成果を挙げる時期、
その時期から逆算し、
その成果を挙げるには
どのような期間が必要で
その期間を知れば、
スタートするタイミングがわかってくる、
ということのようです。


これは例えにならないかもしれませんが、
資格の試験があって、
難易度や勉強の量を知り、
自分の現在の状況を把握したうえで
その資格試験に合格するには
いつから勉強を始めなければならないか、
という考え方に似ているでしょうか。



仕事として具体化する



戦略計画は、仕事に具体化されなければ、
よき意図にすぎない、と書かれています。


休息は必要だとしても
行動しなければ進まない、という
シンプルな現実は、今も昔も同じです。


つづく。



【出典・参考】
マネジメント[上]
マネジメント[中]
マネジメント[下]
著:P.F.ドラッカー
訳:上田惇夫(うえだあつお)
ダイヤモンド社



利益は誰のために 第12回

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