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利益は誰のために 第7回、P.F.ドラッカー:マネジメント。

マネジメント1


利益は誰のために 第0回
【第1回】【第2回】【第3回】【第4回】
【第5回】【第6回】


第7回


第7章 目的とミッション


『一人で事業をしているだけであるならば、
自らの事業を定義し説明する必要もない。
詳細を明らかにする必要などまったくない。
戦略家、分析者、実行者を
一人で兼ねていてよい。
ところが組織ともなれば、
事業の定義を検討しつくし、
詳細に明らかにしなければならない。
事業の目的とミッションを
明らかにしなければならない。
「われわれの事業とは何か。何であるべきか」
を考えなければならない。』
(マネジメント上 P91)


章のタイトルが「目的とミッション」
となっているように
組織で活動するとなると
方向性や目的(使命)を示す必要があります。
どんな個性的の集団でも
全体が同じ方向は向いておかないと
バラバラになるからです。


自分たちが何のために活動しているのか、
ということを
あいまいな定義ではなく、
明確にしておく必要があります。


一人で事業するならば
明らかにする必要性はないでしょうけれど、
やはり、一人であっても
方向性や目的は持っていたほうが
よいのではないでしょうか。


本書ではヘンリー・フォードの例を挙げ、
アメリカ経済と社会が新しくなってから
時代遅れとなるまでに要した年月は、
わずか15年だった、と書いています。


フォードの例は
あとから出てくるのですが
20世紀初めに急成長をします。
フォードはマネジメントを
不要だと考えていたようで
その結果、すぐに落ち目になります。
すぐといっても、15年くらいのようです。


日本の大企業で
マネジメントは不要などとは
思っていないでしょうけれど、
それが機能しているかは
別の話かもしれません。


たとえば、今の日本ですと
家電メーカーが落ち目になって
持ちこたえ、回復するケースと、
表舞台から退場しているケースが
あるようです。


今の時代、小さな会社からしたら
起業して10年持てばいいほうで
3年、5年で消えていくようです。
(ネットで出ている数字ですと、
5年で85%が消えていくようです。
10年では数%か、それ以下など
いろいろと数字は出ているようです。)


この差は何なのでしょうか。


このあたりはよくわかりませんので、
専門家たちにお任せするところですが、
本書を読んでいくと
何が足りないのかが
見えてくるかもしれません。


『事業の目的とミッションについて
明確な定義だけが、
現実的な目標を可能にする。
優先順位、戦略、計画を可能にする。
マネジメントの職務と構造を可能にする。
組織は戦略に従う。
戦略が事業における基幹活動を規定する。
その戦略が、
「われわれの事業は何か。
何でなければならないか」
を知るべきことを要求する。』
(マネジメント上 P92)


ここに書かれていることは
経営、起業に限らず、
会社での仕事、個人の活動や趣味的なことも含め
応用ができる考え方のひとつではないでしょうか。


理想、方向性があれば
目的、ミッションが明確に決められ
それによって現実的な目標ができ、
優先順位や計画が可能となる。


言われてみれば、
普通のことのように感じてしまいますが、
実際に行動しようとすると
目の前のことで精いっぱいになって
見失いがちになりそうです。


この事業は何か。
その目的とミッションは明確にして
組織全体に浸透させておく必要があるようです。


実際に仕事をして
物事を判断し決定するのは
かなり下の地位、
肩書のない担当者が行っています。


何をして何をしないのか、
という判断をするときに、
事業の定義を明確にしていないと
それぞれが違った方向にいってしまう。


だから、共通のものの見方や方向を実現するには
定義しておくことが必要、と書かれています。



われわれの事業は何か



ここではAT&Tの例が書かれています。
AT&Tとはアメリカの電話会社です。


1910年前後に
AT&Tのセオドア・N・ヴェイルは
「われわれの事業はサービスである」
というシンプルな定義をします。


電話は地域独占で公営化されやすく
民営は例外的だったそうで
世論の支持は不可欠と考えたようです。


最初はこういった定義をせずに
経営していましたが、
経営危機になり、公有化に迫られます。


ヴェイルは提案していたのですが、
そのことで地位を奪われました。
経営危機になったときにヴェイルは呼び戻され、
定義することで、乗り切ることができました。


『ほとんど常に、
事業の目的とミッションを検討していないことが
失敗と挫折の最大の原因である。

~マネジメントの多くが
この問いを考えたがらないことには理由がある。
この問いが議論を巻き起こし、
見解の違いを明らかにするからである。』
(マネジメント上 P97)


同じ考えだと思っていたけれど、
トップマネジメント同志で話し合ってみると
基本的な考えの違いに愕然となる、と書かれています。



ちょっと違う話になりますけれど、
焦点を組織から、
個人的なことに当てはめて考えてみます。


何か好きなことがあって
何かをやり始めたとします。


けれど、目的やミッションのようなものを
明確に設定しているかというと
そうでない場合が多そうです。


そのことをやっていること自体が
楽しいのですから。


趣味の範囲でするならば
それでもいいでしょうけれど、
個人的趣味から
個人以外へ広げるとなると
それだけでは難しいわけです。


目的を設定し、
それを達成するためには
どんなことがあるのか、
どんなことをしなければならないのか、
自分の今の状態と比較して
考えなければならないでしょう。


そのことを継続にやっていくには、
その人にとって苦手なこと、
嫌なこともしなければならなくなるとは
思いますけれど、
好きで始めた場合、そういった部分と
向き合うことは避けるわけです。


楽しむために始めた人にとっては
楽しむ以外のことも
やらなくてはならない、というのは
本来の趣旨とは違うわけですから。
(別にすべて一人でやる必要はないし、
その対策はいくらでもあるのですが。)


ましてや、それで対価をもらおうとするならば
ひとつの形にして
提供することが求められますので
なおさら、向き合わなければなりません。


そのあたりが、
趣味の範囲内なのか、
趣味の範囲を超えるのか、
ということになるのでしょうけれど、
そのことを個人的に楽しむのか、
それを他の人に共有するのか、
それは個人の自由ではあります。


このブログは
なんらかの形になることはありません。


そのときの内面や考えを
無理に形にまとめようとせず
ざっくりとひとまとめにして
ネットに公開するから
価値があるものだと考えています。


私からしたら、
学びと発見、
考えるきっかけや
感じること、反応することの楽しみ、
そういった複合的な機能の繰り返しによって
関連機能の成長や強化にも
つながっているかもしれない、
あるいは、メモとして残している、
今だけの価値観や気持ちを記録している、などなど
個人的にはいろいろなメリットがあるわけです。


それを不特定多数の人にさらすことを前提に
公開するのは
やはり、そこには大切なものがあって
共有とまではいかないけれど、
見えるところに残しておきたい、
というのはあります。



話しは戻しますけれど
基本的な考えの違いに愕然となり
対立が生じるから、
話し合いを避けているようです。


方向性をお互いに確認せずに
そのまま進み、
分裂や崩壊、というパターンは
誰でも想像しやすいでしょう。


夫婦という形から
会社という組織にいたるまで
複数の人からなる集合体では
なんとなく、では
やはり難しいのでしょうか。



異論の必要性



『ほとんどのマネジメントが、
この対立を苦痛として回避しようとする。
だが、「われわれの事業は何か」に
答えることこそ、
本当の意思決定である。』
(マネジメント上 P97)


『実は、「われわれの事業は何か」との問いは、
異論を表に出すことに価値がある。
それによって、互いの考えの違いを
知ることが可能となる。
互いの動機と構想を理解したうえで、
ともに働くことが可能となる。』
(マネジメント上 P98)


こういった違いを知らないままに
しておくほうがリスクがある、
ということのようです。


苦痛の奥には理由や原因が潜んでいるものです。
違った角度から見ることによって
新たな発見や再認識ができることでしょう。



意見ではない



この「われわれの事業は何か」を決める場合、
自由討議しても意味がない、
と書かれています。


焦点はひとつで、
それは顧客で、
顧客のよって事業は定義される、
と言います。


このあたり、
最近よく出てくる無駄な会議の
考え方に似ています。


会議する明確なものを決めず、
ただ、話しているようなものでは
結論でないまま終わる、という
時間と人件費と労力の無駄。


こうやっていろいろと見てみますと、
人間というのは
意識、理性のレベルでは
その瞬間は
ひとつのことしかできない構造、
つまり、常に並列処理、
みたいなことはできません。
意識はその瞬間はひとつのことにしか
適応できません。


この前提はどんなところにも
ついて回るようです。


ですから、ダブルスタンダード、
とかも対応できませんし、
ひとつに決めたがるのもそうです。
ましてや、論理的になればなるほど
その傾向が強そうです。


感覚的機能を使った場合は
別の話になるかもしれません。
人間の体内機能では
自立して勝手に動いているところ
いろいろあります。


これを組織に置き換えれば
ワンマンですべてトップ一人でやれば
できることは限られますけれど、
権限と責任を下位に委譲すれば
対応できることは
いろいろと増えてきます。
もちろん、その部分が
自立して行動できることが前提ですけれども。


『顧客にとっては、
いかなる製品やサービス、あるいは企業であっても、
さして重要ではない。

~顧客にとっての関心は、
自分にとっての価値、欲求、現実である。』
(マネジメント上 P99-100)


だから、顧客の関心から出発して
「われわれの事業は何か」を
定義しなくれはならないようです。


つづく。



【出典・参考】
マネジメント[上]
マネジメント[中]
マネジメント[下]
著:P.F.ドラッカー
訳:上田惇夫(うえだあつお)
ダイヤモンド社



利益は誰のために 第8回

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