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利益は誰のために 第6回、P.F.ドラッカー:マネジメント。

マネジメント1


利益は誰のために 第0回
【第1回】【第2回】【第3回】【第4回】
【第5回】


第6回


企業の目的


『企業とは何かを知るには、
企業の目的から考えなければならない。
企業の目的は、
それぞれの企業の外にある。
企業は社会の機関であり、
その目的は社会にある。
企業の目的の定義は一つしかない。
それは顧客の創造である。』
(マネジメント上 P73)


個人や社会の貢献ですから、
その目的は企業の外にある、
ということになります。


潜在的な欲求が
有効需要に変えることができて
顧客と市場が誕生する、と書かれています。


『欲求が感じられなかったこともある。
コピー機やコンピュータへの欲求は、
それらのものが手に入るようになって
初めて生まれた。
イノベーション、信用供与、
広告、販売活動によって
欲求が創造されるまで
欲求は存在しなかった。
顧客を創造するものは、
常に企業である。』
(マネジメント上 P73)


ここで書かれているのは
潜在的ニーズが
顕在的ニーズに変化するのは
企業が創造し、提案することによって
変化、または生まれる、
ということなのでしょう。


ネットで調べてみますと
潜在的ニーズの例としては
以下のような説明がされる場合が
多いようです。


注文してきた顧客に
注文した商品の理由とその背景を聞き
どうしたいのかを探り、
潜在的だったニーズ探り、
よりよい効果のあるもの提案し、
ニーズを顕在化させる、
という流れです。


本当はどうしたいのかを
ヒヤリングして掘り出して
顧客にとってより良い商品を
提案しているわけです。


『顧客が価値を認め購入するものは、
財やサービスそのものではない。
財やサービスが提供するもの、
すわなち効用である。』
(マネジメント上 P74)


本書でもあるように
求めているものは、効用と書かれています。


ちょっと、わからないことがあります。
以下の疑問は私の偏見があると思いますが、
とりあえず、ここに書いて残しておきます。
考えの足掛かりとして。


よく潜在的ニーズといわれますが、
それは本当に潜在的なニーズだったのか、
ということです。


本人が気がついていなくて
提案されて初めて気がつく、
それが欲しかったんだ、と思えるようなものなら
潜在的ニーズなのでしょう。


けれども、
本書で書かれているように
欲求を創造する、というのは
必ずしも必要なかったけれど、
提案によって欲求を生み出したり、
強化することによって
あるいは、ちょっとした意識や心理の隙間をつくって
そこを埋めるようなこともしているわけです。


社会や経済が成長期というのは
基本的に物がない時代で
それを埋めることによって
どんどんと好循環が生まれるわけですが、
基本的な物が埋め尽くされ
サービスも充実し、
娯楽や嗜好品も十分になると
高成長は無くなるわけで
けれど、消費を前提に成長してきた側としては
より消費を推奨しようとするわけです。


こういう状態になって
潜在的ニーズというのは
無理に消費させようとしている側の
免罪符的な言葉のようにも感じてしまうわけです。


別に欲求が悪いというわけではありません。
これは人が生きるために必要なものだったり、
成長に必要なものですから。


けれど、そこまで必死になって
欲求を生み出し、埋めていかなければ
ならないものなのでしょうか。


こういうことを繰り返して結果が
消費社会の典型でしょう。


新しい技術が生まれ
新しい価値観が生まれ
新たな欲求、ニーズが生まれれば
それは変化によって
新しいものへと移っていくわけで、
それはそれでよいのですが、
やはり、消費を前提とした社会は
難しくなってきている、というのが
私の今の実感です。


地球という限られた空間にいる限りでは。


たとえば、
人類が地球の力を借りず、
宇宙で自立できる技術を確立し、
地球外で生活できるのならば
どうなるのかはわかりませんけれども。
(億年単位で先のことですが、
地球や太陽系はいずれは無くなります。
もし、生物を残していくなら
宇宙での自立が必要になります。
そういう視点で見れば、
地球は生物が宇宙へ自立するための
卵のような存在と言えるかもしれません。)


宇宙の話はともかく、
無限という概念は
数字を生み出した人間の考えでしょうけれど、
消費が無限に広がり向上していく、という発想は
無理がありそうな気がします。


地球という
限られた空間、
限られた物質、において、
人が存在できる限界点みたいなものがあって、
しかも、どんどんと
機械、IT、AI技術の発達もあるとなると、
それに合わせた、人間消費の限界点みたいなものが
あるように思うのです。


人間の数の限界がありますし、
人間の時間にも限界があります。


身近な視点に戻して考えても
消費欲に追い立てられるような
生き方もなんか疲れそうです。


とりあえず、今の考えを残しておきました。



企業家的な二つの機能



『企業は二つの、
ただ二つだけの企業家的な機能をもつ。
それがマーケティングとイノベーションである。
マーケティングとイノベーションだけが
成果をもらたらす。
外のものはすべてコストである。』
(マネジメント上 P74)


アジアのマーケティングの例として
江戸時代のことが書かれています。
1650年頃、デパートの原型ができたというのです。


三井家の人間によって、
顧客のバイヤーになり、
顧客のために製品をつくり、
顧客のために仕入れ先を育てます。


のちのデパートの三越で、
三井財閥をつくりあげることになります。


よく聞く話ですと
当時の一般的な商売方法は
顧客の家に行って
そこで商品を見せて買ってもらう、
あるいは事前に聞いておいて
商品を顧客の家に持参する、
支払いはツケ(掛け売り)
という外商的なやり方だったのですが、
(顧客は上流階級)
それを店頭販売にし、
値札をつけ、定価で、現金で販売し
お金のある人になら誰にでも売る方法に
変えたのが有名です。
一部の人にしか手に入らなかったものが
一般の人でも手に入るようになったわけです。


『マーケティングとは、企業の成果
すなわち顧客の観点から見た
企業そのものである。』
(マネジメント上 P76)


IBMの例では
コンピュータ事業に遅れて参入したけれど、
顧客は誰か、顧客にとっての価値は何か、
顧客はどのように買うか、
顧客に必要なものは何か、を考えた結果、
コンピュータ市場を手にしたようです。


以上のように
マーケティングは
顧客視点で考える、創造する、貢献する、
ということのようです。


ただし、ここに書かれた考え方は
マーケティングの基本的なことなのでしょう。
手法となると、
現在、いろいろとあるでしょう。



販売からマーケティングへ



『真のマーケティングは、
~顧客からスタートする。
「われわれは何を売りたいか」ではなく、
「顧客は何を買いたいか」を考える。
「われわれの製品やサービスに
できることはこれである」ではなく、
「顧客が見つけようとし、
価値ありとし、
必要としている満足はこれである」という。』


『マーケティングの理想は
販売を不要にすることである。』
(マネジメント上 P78)


たとえば、
地元の名産を使って何かを作る場合に
よくあるのが、
世間にあるものを模倣して
手あたり次第商品開発し、
地元の小売店や産直、ネットで
商品を並べる、
というのが定番です。
何かには偶然のヒットや
イノベーション的な商品がありますけれど、
たいていはあまりうまくいきません。
良くて、可もなく不可もなく、
というところでしょうか。


地方の小さなところに
マーケティングとかデザインを
きちんとやるところは少ないでしょう。
優先順位は低そうです。


マーケティングと言われても
よくわかりませんでしょうし、
デザインなんてのは
プロの領域です。
素人が感覚的にやることではありません。
(仕事で経験してよくわかりました。)


販売を不要にするというのは、
自動的に売れるようにすることらしいです。
そのようなマーケティングが理想と
書かれています。
売れる仕組みを作るということのようです。
こうやって書くと簡単ですが、
実際は大変です。


理想とは方向性のことだと
どこかで書いてあったようが気がしますが、
理想がなければ
近づくことすらできません。



理想で思い出しましたが、


「理想を失わない現実主義者
にならないといけないんです」


という言葉を
宮崎駿さんが言っていたのを思い出します。


今の時代、この言葉を実践する人って
少ないのでしょうか。


実現しないであろう未来を見ず、
そのことには労力をかけず、
現状の、期待しない幸せを
優先している、ということでしょうか。


話しを戻しますが、
仕組みづくり、というのは
結構大切で、
何かに向かって進もうとするときには
この仕組みという考え方は
大きく機能します。


それは経営以外でも
生活や人生においてもです。


人の意識、感情、意思、理性など
内面のものって
必ずしも一定ではなく、
不安定な存在です。


飛びぬけていたものがあって、
常に維持できるような内面の持つ主って
そうはいません。


それができるのは
繰り返しや訓練によって
強化されたか、形成されたか
あるいは先天性のものか、
何かを経験して
相当強い目的意識があるか、
ぐらいです。


先天性の場合、
例えば、発達障害は
ちょっと脳の仕組みが違うわけですが、
自閉症スペクトラム障害の場合、
興味を持った分野に対しての集中力は
飛び抜けています。
たぶん、一日中やっても平気
という人もいるのではないでしょうか。


こういった内面は
必ずしも持っていないわけで
常にぶれるわけです。


ですから、
仕組みを作って
不安定のリスクを取り除き
感情や気分などにあまり左右されずとも
常に進むようにする、というのは
大事です。



利益の機能



ここでは、利益について再度書かれています。
要約して書いておきます。


・利益とは目的ではなく結果である。
・利益とは不確実性のリスクに対する保険料である。
・利益だけが明日の雇用、必要な資本を提供する。
・利益が社会的サービスの支払いを行う。


上記がドラッカーの利益に対する考えです。
前回の感想でも同じ内容を書いております。



企業をマネジメントするということは何か、
ということについて以下のようにまとめています。


『企業の活動とは、
マーケティングとイノベーションによる
顧客の創造である。

~企業をマネジメントするということは、
適応的な仕事ではなく
創造的な活動である。
マネジメントとは、
受身的に適応することではなく、
創造的に変革することである。

~マネジメントとは行動である。
したがって、可能なものではなく
理想とするものに従って
目標を設定しなければならない。
可能性との妥協は、その後でよい。
だがそのためには、
自らの事業は何か、
何でなければならないかを
明らかにしておかなければならない。』
(マネジメント上 P90)


この文章を読んでおりますと
すでにある可能性にかけるのではなく、
可能性を生み出す、創造する、
ということのようです。
受け身の発想ではなかなか出てこないです。
強い発想というか、考え方です。
開拓精神ですね。


可能性との妥協は、その後でよい、
というのも
言葉にしてみると、
どこか新鮮に感じます。


つづく。



【出典・参考】
マネジメント[上]
マネジメント[中]
マネジメント[下]
著:P.F.ドラッカー
訳:上田惇夫(うえだあつお)
ダイヤモンド社



利益は誰のために 第7回

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