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愛や虐待も受け継がれる 第30回、購入:ネットオフ、斎藤学(さとる):アダルト・チルドレンと家族。

アダルト・チルドレンと家族
愛や虐待も受け継がれる 第0回
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第30回


感情生活の特徴の続きです。


【アダルト・チルドレンは
他人に承認されることを渇望し、さびしがる】


『アダルト・チルドレンの場合、
自己評価が低すぎるために
「あなたはそのままでいい」という
他者の言葉が聞き取れません。

~他者からの「あるがままの自己の受け入れ」が
得られないことに早々と失望してしまうために、
アダルト・チルドレンは
常に「さびしさ」の痛みを抱え、
これが彼らに人生の苦しいもの、
生きる価値のないものと感じさせます。』
(アダルト・チルドレンと家族 P101-102)


自分がないので
他者からの評価で自分を形成しようとしますが、
そのままでいい、ということは、
自分がないままでいい、
ダメなままでいい、と捉えるかもしれません。
それだと、アダルト・チルドレン側としては
受け入れることは難しいかもしれません。


なんとか自分を形成しようとしているのに
それを否定されたかのような気に
なってしまうかもしれません。


けれど、やはり承認はしてもらいたい。


自分が行った行為に対して
承認してもらいたい、ということでしょう。


子育てで自己肯定感を育てるのは
褒めることです。
評価されることで
自分のやった行為が認められ
これでいいんだ、ということになります。


もちろん、間違った行為に対しては
指摘しますし、励ましもします。
もう一度挑戦するかもしれません。


こうやって自信をつけていくらしいですが、
(子ども時代、
そんなことしてもらったこと
ありません)
その行為に対して
適正な評価をすることが
大事なようです。


この仕組みがそのまま他のことに使えるかは
わかりませんが、
ネットの世界で行われている
簡易的な承認がうまくいかないのは、
承認を数値化してしまっているから
なのかもしれません。


承認を数値化してしまいますと、
なぜ承認したのか、
その理由がついていないので
わかりません。


数というのはわかりやすく
扱いやすく、
各国の言語を超えた共通の記号ですけれど、
そういったものは
シンプルにするその過程で
様々なものを落としていきます。


数値だけでは、すごくいいのか、
少しいいのか、
ということにもなります。


簡単にすれば、
承認もシンプルになりますが、
その行き着く先が
1か0か、
YESかNOか、
という評価の仕方になります。


簡単にすれば評価や承認はしやすいですが、
次第に感覚的になり、
承認や評価の意味の重さはなくなります。
(この感覚的というのは
消費的感覚のほうが近いです。)


評価するという行為は
難易度が高い行為です。


基準や適正というのは大事ではありますが、
その評価する対象に
どれだけ向き合うか、
あるいは意識を向けるか、
ということのほうがより大切でしょう。


相互依存関係で
どんなことがあっても
義務的に良い評価をつける、
ということになりますと、
これはすでに評価ではありません。


承認はされるけれど、
その理由はよくわからない。
けれど、認められたということになり、
コレクションするわけで
承認コレクター中毒、というべき
状態になってしまうのでしょう。


数値はわかりやすいですので、
指標となりますし、
これがさらに過剰になる原因では
ないでしょうか。


ネット世界での
評価の仕方は試行錯誤のようです。
コメント欄がない、評価のボタンがない、
というのもあれば、
コメントや評価は公開はされないけれど
本人にだけは届くような仕組みもあります。


いろいろと多様性を見せていますが、
その後、どうなるのでしょうか。


仕組みに振り回されて
意識と時間を浪費することだけは
避けたいところです。



本書では
失望は怒りや恨みを鬱積(うっせき)させ、
爆発することがある、と書かれています。


認めれらないことに対して
攻撃をするようです。


失望ということは期待があるわけで
それが裏切られたと感じ、
攻撃になるのでしょうか。
つまり、その原因は自分ではなく、
相手にある、ということになるのでしょうか。



【アダルト・チルドレンは自己処罰に
嗜癖している】


『アダルト・チルドレンは
親たちのために生きてきたわけですから、
親たちの期待からはずれたことを自覚すると
自己処罰の感情にとらわれるのです。
これはやがて、「自罰妄想」という段階にまで
いたることもある危険なものです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P103)


本書は具体的な例ととして
過食症少女たちにみられる
窃盗癖(クレプトマニア)、
手首切り(リストカット)を挙げています。
窃盗癖の場合、
窃盗が目的ではなく、
窃盗→逮捕→処罰の処罰に関心があると
書かれています。
ですから、捕まるまで盗み続けるそうです。
そしてこれは、無意識のようです。


単純に考えてしまうと
ストレスの発散、と考えてしまいそうですが、
場合によっては、
自己処罰という理由もあるようです。



【アダルト・チルドレンには
離人感がともないやすい】


『離人感とは、
「自分が自分でないように感じ」
「自分がなぜここにいるのか、
わからなくなった感じ」
「自分と外界とが薄い膜に隔てられている感じ」
「自分の行為が自分から発しているように感じられず、
それを漫然と見ている自分がいるように感じ」
などのことです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P105)


本書の最初のほうで「離人症」がでてきました。
アダルト・チルドレンは、
過去を思い出せなかったり、
人格から解離した部分をたくさん抱えている、
と書かれています。


本書を読んでいると
トラウマに触れないための仕組みとして
離人感があったり、
トラウマを切り離して奥にしまい込んでいる
という感じを受けます。


つづく。



【出典・参考】
アダルト・チルドレンと家族
斎藤学(さとる)
学陽書房



【購入先】
ネットオフ



愛や虐待も受け継がれる 第31回

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