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愛や虐待も受け継がれる 第25回、購入:ネットオフ、斎藤学(さとる):アダルト・チルドレンと家族。

アダルト・チルドレンと家族
愛や虐待も受け継がれる 第0回
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【第24回】


第25回



●共依存と親密性の違い



『共依存は根本的に
「自尊心のなさ」が
もとになっています。
しかし、親密性は
そうではありません。
共依存にあって親密性にない
特徴を見ると、
共依存というものが
明瞭になってくると思います。』
(アダルト・チルドレンと家族 P56)


ということで、
共依存の特徴が書かれています。


【不誠実(不正直)】
自己評価が低いため、
自分を隠し、
自分の判断を否認するようです。
他人からの批判を恐れるようです。


【自己責任の放棄】
他人からの批判を恐れるために、
結局離れない。
(これはDV夫などからです。)
世間体や人の目を
気にしているからでしょうか。
自分がなく、
他人の評価で
内面を作り上げているのですから、
そうなるのでしょう。


【支配の幻想】
他者への配慮を周囲の人間にも
求めるそうです。
共依存的人間関係は必ず、
支配する者と
支配される者とをつくるそうです。


【自他の区別の曖昧さ】
他人の感情と
自分の感情とを
はっきりと区別することが
できないそうです。
自分がなく、
周りに依存しているのですから、
周りの顔を伺うのでしょう。


共依存者の利他主義は、
自他の区別の曖昧さから
発しているそうです。


『親密な人間関係とは、
このような不安と支配欲に
束縛されない関係のことです。
それは流動的な関係で、
共依存のような
恒常性をもった状態では
ありません。
そのため、親密性は
制度や組織というものとは
やや相性が悪いのです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P58)


日本の組織だと
なおさら相性が悪いでしょう。



話しは少しずれますが、
いろいろと地方の
あまり大きくない組織を見ていると
目的意識や意味理由が
はっきりとした組織ではなく、
感情、感覚的なものを優先していて、
本来の目的から離れ
組織の維持だけが目的となり、
手段と目的が逆転する、
というのはあるような気がします。


これは私の偏見も
混ざっていると思いますが、
業務上の非効率の組織というのは
仲良しごっこみたいな状態です。


集まっているのが
目的になってしまって、
本来するべきことをしない。


親密とは
それぞれが自立していて、
必要なときに協力する、
ということでしょうか。


目的があって集まるのと、
依存するために集まるとでは
ずいぶんと組織の中身も
変わります。



●「暴力」と「愛の告白」



『男・女関係は、
いつも大人・子ども関係へと
堕落する危険をはらんでいるのです。
それは私たちがいつも、
安逸な子ども返りという
夢を抱えて生きているからです。
女が世話を焼く役割を
押し付けられがちなのは、
それ以外のパワー
(権力、筋力、経済力)
が男優位であることが
多いからです。』
(安逸(あんいつ):気楽に過ごすこと)
(アダルト・チルドレンと家族 P59)


子ども返り、赤ちゃん返りと
言われるものは、
(幼児)退行のことでしょうか。


フランクルの夜と霧の感想でも
書きましたが
強制収容所では
退行が見られました。
現実で満たされないものを
精神内部だけで解決しようと
幼児へ戻り、
幼児の欲求を満たす、
というものです。


現実では
欲求を満たされないので
簡単に満たされる欲求のところまで
戻って満たそうとする。
そうすると、
幼児や赤ちゃんの
原始的というか、
基本的な欲求に戻る、
ということでしょうか。


DVで
爆発的な暴力をするのは、
子ども返りの一種だそうです。


こういったことからすると、
現実社会で満たされないものを
男女関係を使って
満たしている。


男は女に対して
暴力を使って内面を満たし、
女は男の世話をして、
コントロールする共依存で
内面を満たそうとする。


これは基本的に
セットと考えていいのでしょうか。


泥沼です。


こういった男は
プライド、男らしさに
執着するそうです。
内面に自信がないかわりに
直接的な力に向かうようです。


私が見る限り、
内面に自信がない人は
車の運転を自慢する傾向にあるようです。
(いろいろな会社で働き、
人間を見てきた感じでは。)
車はある程度、
思い通りに
コントロールできますから。



●バタード・ウーマン



被虐待女性のことです。
この言葉は、
1960年代終わりから
1970年にかけて使われたそうです。
70年代はじめごろには
シェルターをつくる運動に
火がついたそうです。(アメリカ)


シェルターとは
DVを受けた女性が
逃げ込むところで、
暴力から身を隠す
非難場所です。
その場所は
一般的には公開されておらず、
見つかることはありません。
加害者から隔離します。


日本では
公的、民間のシェルターが
ありますが、
民間シェルターは
運営が大変のようです。


公的の場合は
一時保護の2週間が過ぎると
アパートへ移るようです。



●なぜ逃げ出さないのか



『研究者たちは彼女たちの
受動性や感情鈍麻についても
報告しています。
彼女たちは
概して自分の置かれた状況を
変えようとする積極性を示さず、
無力感と絶望感だけが
目立ちます。
強い感情鈍麻を示す
能面のような表情も、
強姦被害女性の場合と同様です。』
(アダルト・チルドレンと家族 P64)


『不定期の、避けられない暴力を
受け続けていると、
動物は無気力になって、
逃げ出すことも試みず
ストレスにさらされ続けるようです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P65)


表情がまったく変わらないことや
無気力になってしまうのも
心に感情の波をたてないように
完全に切り離して
しまっているからでしょう。


フランクルの夜と霧でも書きましたが
同じような内面の変化がありました。


強制収容所という
絶望が支配する世界では
心を完全に切り離してしまう。
フランクルの言う
心の装甲と
同じようなことです。


絶望を感じないように
まったく期待しない状態に
してしまっている。


未来に期待しない、
というのは、
日本の今の世代の人たちにも
みられます。


これは
現在の生命維持や
目の前にある楽しみのみに
価値を置いていると言えます。


期待しない未来のために
労力を費やすのは
無駄と思うのでしょうか。


たぶん、
その次の世代や
次の次の世代は、
それらの世代を見て
感じるところがあるでしょうし、
教育の変化によって
違った人種が出てきそうな
気もします。


今、無難に生きればいい、と
思っている人たちは
後から出てくる人たちから
排除される存在になるでしょう。
成長していませんから。



私の場合、
未来に期待するしないではなく
今できることを全力でする。
そのほうが楽しいし、
何もしない、というほうが
不安になってしまいます。
それに、
ある程度、動いているほうが
休むことにも価値が出ますし、
プライベートも充実するんです。



話しはずれましたが
バタード・ウーマンの場合、
毎日その日が終わればいい
という心境だそうです。


共依存の場合、
シェルターへ逃げても
加害者のことが気になり、
自分がいないとやっていけない、
あるいは、子どもが心配、といって、
結局は戻ってしまう。


共依存を治療しないと
いけないようです。


つづく。



【出典・参考】
アダルト・チルドレンと家族
斎藤学(さとる)
学陽書房



【購入先】
ネットオフ



愛や虐待も受け継がれる 第26回


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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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