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愛や虐待も受け継がれる 第24回、購入:ネットオフ、斎藤学(さとる):アダルト・チルドレンと家族。

アダルト・チルドレンと家族
愛や虐待も受け継がれる 第0回
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第24回



第2章
家族という危険地帯



家族に対する考え方は
その地域によって違いますし、
文化の違い、
時代や社会背景によっても違います。


ここでは
家族制度のたくらみ
という見出しで
国連やアメリカ、日本の
ことが書かれています。


国連が打ち出した
国際家族年(1994)の趣旨と
各国の対応をみると
歪んだものにされてしまった、
と言っています。


『趣旨は、個々の家族メンバーが
それぞれの個別性を生かしながら
生きようということでした。
それは、
「国際婦人年」や
「子どもの人権」の提唱に
連なるものでしたが、
これを受けた各国政府の対応をみると
少々歪んだものに
されてしまったような気がします。』
(アダルト・チルドレンと家族 P46)


私はアメリカのことは
よくわかりませんが、
本書が言うには、
(20年前に出版された本という
前提で書きますけれど)
中流保守層の価値観、倫理観の
復活ないし回復、
善き強い父、聖なる母性愛
という安全な家族の復活、
だそうです。


「安全な家族」という幻想。


本書が警鐘を鳴らしているのは、
政府側が意図的、作為的に
価値観を誘導し、
家族のイメージを固定させること。


その作為を隠すために、
大昔から家族という存在は
そのようなものだったのだよ、
だから、これは自然の姿なのだから
そうするべきだ、
としてしまうところに
危険性を指摘しています。


なぜ危険なのかというと
そういった家族イメージが
ついてしまうと、
家族は一種の聖域となり、
家族は正しいということになると、
そこで行われる虐待を許してしまう、
無法地帯、危険地帯が
生まれてしまう、
ということのようです。


この正しい家族像が生まれると、
これに当てはまらない家族は
世間から排除される可能性が
あるようです。



今の時代は、
少しずつではありますが
変わりつつあります。


最近の日本では
夫婦別姓の議論や
同性の結婚の代わりに
同性パートナーシップ証明書(東京都渋谷区)
を発行する地域もあります。


家族の形に
多様性を見せているようです。


家族制度というのは
管理する政府側からすれば
自分たちが管理しやすいように
あるいは、
様々な思惑があって、
制度をつくる、というのは
いつものことですが、
これはどの国でも
そうではないでしょうか。


本書が指摘しているのは
結果的にその制度によって
犠牲になる人々が
いるということです。



●殴られ続けている女性たち



ここでは家庭内暴力、
DV(ドメスティック・バイオレンス)
について書かれています。


まず、DVの定義から。


男性パートナー(夫、彼氏)から
女性への暴力、というのが多いですが、
女性から男性のパターンもあるようです。


虐待が身体的虐待以外に
精神的なものや性的なものがあるように
DVにもそのようなものがあります。


経済的暴力、社会的隔離(暴力)、
身体的虐待(暴力)、心理的虐待(暴力)、
性的虐待(暴力)


というふうに区分けしているようです。


経済的暴力というのは、
金銭面や仕事の制限です。


社会的隔離は、
外出制限、電話や手紙の制限、
実家や友人のつきあいを制限、
人間関係の監視などです。


本書では
女性の被害について書かれています。
(20年前の状態と思ったほうが
いいかもしれません。)


夫から殴られる女性のタイプは、
生活能力がない女性よりも
しっかりとした職業を
身につけている女性で、
夫よりも収入があったり、
実家が階層や財産が上だったり
する場合のほうが
DVの被害にあっているようです。


嫉妬されているようです。


『彼女たちにしてみれば
「ここで妥協すれば、
あの人がやさしくなるのでは」
という幻想を
捨て切れないようなのです。
その基底にあるのは、
被虐待女性たちに共通してみられる
自己評価の低さ、
自尊心のなさです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P51-52)


DVの夫婦で
よくあるのが、
ときどきやさしくなる夫です。
いつもは暴力を行っているのに
突然、そのことに反省し、
やさしくなり、
二度とやらない、といいながら、
ある程度、日数がたつと、
また暴力をするのです。


妻は夫がやさしくなること、
いつか改善することを
期待し続けます。
そうやって、
ボロボロになっていくのです。


暴力を振るうことで
夫はストレスを発散し、
その後、反省し、
優しくなりますが、
また内側でストレスがたまり、
また爆発してしまうのかも
しれません。
そういうサイクルがあるそうです。



●自尊心のなさが生む「共依存」



この「共依存」という言葉は、
日常では見かけることはないでしょう。
このことについて
説明がされています。


『共依存の本質は
「人に必要とされることの必要」です。
自分にとって大切な人から
「あなたがいないと私は生きられない」
と言われることで、
自分の存在にとって大切な人から
「承認」されたような
感じるところから、
共依存者的な生き方が始まります。

~人に必要とされるための
てっとり早い方法は、
その人の世話をし、
情緒的な支えになって、
その人が自分なしでは
やっていけないところまで
もっていくことです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P52)


承認欲求の夫婦ケースと
いったところでしょうか。


今ではSNSとはじめとしたネットで
承認を得るために依存し、
抜け出せなくなっている人が
いますけれど、
他人の評価によって
自分の内面を維持しようとするのは
自尊心の無さであり、
自分で評価する基準を持っていない
ということになります。


そういった
共依存になっていく人は
どのような行動をとるのでしょうか。


『自分に頼ってくる者、
すり寄ってくる者を世話をして、
いよいよ自分を頼るように
仕向けます。

~共依存はパワー(権力)と
コントロール(支配)の手段です。
人を頼らせ、
自分から離れないようにして、
相手を支配し、
ペット化するというわけです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P53)


このペット化をするためには
大変な努力も惜しみません、
と書かれています。


支配することで、
相手を支配している能力に
自己陶酔、自己満足し、
内面を満たしているのでしょうか。


私の場合、こういった
コントロールしようとする人たち、
他人を利用して
自分を満たそうとする人たちは、
基本的に嫌いなのですが、
そうすると、生きるのが
少し大変になってくるわけです。
こういう人はどこにでもいますから。


本書では、
日本の女性のほとんどは
共依存者だそうです。
現在はどうなのかは
わかりませんが、
社会的雰囲気があって、
共依存が見えにくい
のだそうです。


昔の日本では
夫は働き、妻は家で家事をする、
というスタイルが
普通でしたし、
女性は夫につくすことが
美しいこと、というのもありました。


その妻は内面を満たすために、
夫をコントロールしようとする、
というのがあるのでしょうか。


自分という存在を
育ててこなかった弊害というのは
いろいろとあるものです。


つづく。



【出典・参考】
アダルト・チルドレンと家族
斎藤学(さとる)
学陽書房



【購入先】
ネットオフ



愛や虐待も受け継がれる 第25回


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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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