スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

愛や虐待も受け継がれる 第16回、購入:ネットオフ、ドロシー・ロー・ノルト レイチャル・ハリス(石井千春訳):子どもが育つ魔法の言葉。

魔法の言葉
愛や虐待も受け継がれる 第0回
【第1回】【第2回】【第3回】【第4回】
【第5回】【第6回】【第7回】【第8回】
【第9回】【第10回】【第11回】
【第12回】【第13回】【第14回】
【第15回】


第16回
子どもに公平であれば、
子どもは、正義感のある子に育つ


『子どもにとって、
公平と不公平は
とても単純明快なっことです。
公平とは正しいこと、
不公平とは間違ったことなのです。
子どもの遊びの世界では、
それがはっきりしています。

~現実の人生には、
そんなルールはありません。

~わたしたち大人は
人生の浮沈を経験しています。
ですから、人生は思ったようには
ゆかないということを
体で理解しています。
しかし、子どもには
まだそれが分かりません。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P216)


確かに世の中
公平と言われるものを
見ることは
あまりないかもしれません。


公平と言われていたとしても
それが本当に公平なのか、
ということが
わからないからです。


あまりにも不公平なとき、
おかしい、と
声をあげるくらいです。


なにが公平なのか、
なにが正しいのか、
わかりませんけれど、
公平であろうと
努めることはできます。
その分だけ、
少しはまともな世の中に
なっているかもしれません。


公平に努めることは
本人にとって
プラスになることでしょう。


評価をする、
判断をする、というのは
総合的な能力が
問われるからです。


本気でやれば、
その分だけ
向き合分ければなりません。


できるだけ公平に努めようと
することは
子どもに対しても
なんらかのかたちで
伝わるでしょう。


公平を行うためには
相手のことを
知らなければなりません。
話しを聞き、
背景を理解する必要があります。



判断するうえで
効率や合理性を重要視しようとすれば
判断はより単純なものにして
白黒をはっきりさせることに
なるのですが、
それは人として大切なもの、
魅力的な部分を
切り落としているようなものです。


中間色もありとなった場合は、
面倒をさけるため、
なんでもかんでも
曖昧にしてしまって
結局、何も決まらず、
ということになります。


優先順位を決めて行った場合、
大多数のみを優先し、
少数や弱者は
切り捨てられてしまいます。


かといって
別のほうを優先すると
多数派から文句がでます。



判断する側だけで
すべてを片付けようとすると
大変なことになってしまいます。


話し合うことが大事に
なってきます。


『親は公平に接していると
思っていても、
子どもからすれば
そうは見えないこともあります。
それも一理あるのです。
大切なことは、
誤解がないように
子どもに気持ちを伝えることです。
また、柔軟な態度で
接することが大切です。
子どもの話をきちんと聞き、
子どもの意見を尊重すること。
このことが、
とりもなおさず、
子どもに公平である
ということになるのです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P217-218)



子どもに公平に接するには
どうしたらよいか



この部分では
どの子にも同じように接することは
無理な話、と書かれています。
もし、それが出来たとしても
望ましいとは言えない、
と書かれています。


『子どもはそれぞれ
個性も性格も違います。
ですから、
その子に合った接し方を
することが大切なのです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P218)


その子にあった接し方を
した場合に
それぞれ違った対応になるのが
通常であり、
どの子どもにも
同じように接するというのは
おかしなことだと
言えそうです。


どの子にも
同じように接するというのは
「平等」の考え方ですが、
「公平」ではない、ということです。


平等というのは
相手を知らなくてもできることです。
均等に分けるだけですから。
それにこれは
個人そのものを認識せずに
行います。
その分、手間は省けますが、
各個人が評価されませんので、
不満がでます。


これが哲学、宗教などになると
別の話になるでしょうけれど、
(物質の話ではなく、
考え方など形のない話ですから。
たとえば、死は平等、のように。)
それらをそのまま
社会などに反映してしまうと、
ちょっとうまくいかない、
ということが
でてくるのかもしれません。


(専門家ではないので
深くまでは語れませんけれど、
哲学、宗教の考え方が
間違って伝わったり、
一部分だけ伝わったりして
別の認識がされている場合が
あるかもしれません。
本来の意味から
離れてしまっている場合も
あります。
それと今回は、
人権や法律に関する平等とは
分けて考えたほうが
よさそうです。)


本書では、
家庭内には
競争原理を持ち込むべきではない、
と書かれています。


兄弟姉妹で
比べるのではなく、
その子自身のよさを
認めてあげることが
大切だ、と書かれています。



間違っていると
はっきり言える人間になるために



不正が行われるていることを
抗議をするためには、
まず家庭で訓練しなくてはならない、
と書かれています。
これは、自分の意見を伝える、
ということを
日頃からしておけば、
家庭外においてもできる、
というものです。


ただし、
愚痴を言うことは
意見を言うこととは違います。
愚痴は自分のためであり、
感情の発散でしかなく、
相手に伝えるためではありません。
物事の改善には
つながる可能性は低いでしょう。


『子どもが訴えてきたら、
親はきちんと子どもと
向かい合わなくてはなりません。
そうしなければ、
子どもは恨みをためたまま
親の言うことを従うことに
なってしまいます。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P222)


意見が言える子どもというのは、
親が子どもの話を
聞いてくれる家庭、
ということのようです。


子どもの話を聞かず、
親がすべて決めてしまうと、
子どもは意見をいえず、
考えもせず、
自主性は奪われるでしょう。
自立できない子どもに
なる可能性があります。



公平や不正を指摘する、
というのは、
なんのために
行うのでしょうか。


自分のためでしょうか。
他人のためでしょうか。
組織や社会のためでしょうか。


公平や平等は
動物にもあるようで
確かサルの実験があったはずです。
片方のサルを優遇すると
それを見ていた別のサルが
怒るというものです。
片方にはきゅうりだけをあげ、
もう片方はぶどうをあげます。
そうしますと、
きゅうりをもらっているサルは
自分にはぶどうがこないので
きゅうりを研究員に投げつけて
怒ります。
きゅうり側のサルは不公平だと
怒っているわけです。


これは自分のためですが、
別の実験では
ぶどうをもらうのを
やめた場合もあるとかで、
これは相手を思いやる行為です。



集団で生きる動物において
共有したり、
分け与えたりするのは、
共存を維持するためには
必要だったのでしょう。
そうしなければ、
共存する理由がありません。
相互互恵関係のほうが
生存確率はあがったでしょう。


けれど、
技術や仕組みが
変化していくうえで、
集団でいる必要が
なくなってきます。
集団でなくても
生きていけるからです。


自由を求めて
集団から出ていきます。


自由を手にすると
孤立します。
そこで
幸せに対して向き合います。


そんなことを
大きな技術変化が
起こるたびに
その時代にあった
幸せを追い求めているのが
人間です。



公平というものの基準は
人それぞれであり、
実はあいまいな存在です。
状況によって
いろいろと変化します。


なにか基準をつくっても
時代や環境、状況が
変化すれば
その基準は合わなくなります。


何が正しいのか。


これはわかりません。


けれど、おかしい、不公平
ということは
言いやすいでしょう。


ということは、
お互いの不公平のポイントを
聞いたうえで、
減らすことが現実的です。


多種多様な価値観がありますから、
お互いを尊重することが
必要になるでしょう。


正しいと決めつけてしまうほうが
危険です。



こうやって書いてみますと、
柔軟さが求められることが
わかります。
柔軟さを得るには
様々なことを知ることが
大切になりますが、
その知ったことでさえ、
世の中のほんの一部でしかない、
ということも
認識しておく必要が
あるでしょう。


知ることで
広がる世界がありますが、
その知識は
明確な境界線を作ってしまい、
固定化してしまえば
その知識の世界だけに固執し、
発展や変化、想像は
生まれなくなるでしょう。



本書では
公平に接するには
子どもの声を尊重すること、
というのが
基本のようです。


耳を傾ける、というのは
本書のどの部分でも
共通するところです。


これは
子育てだけでなく、
いろいろなことに
応用できる話です。


つづく。



【出典・参考】
子どもが育つ魔法の言葉
ドロシー・ロー・ノルト
レイチャル・ハリス
石井千春訳
PHP文庫



【購入先】
ネットオフ



愛や虐待も受け継がれる 第17回

検索フォーム
カテゴリリスト

各アイコンの説明。

カテゴリオープン
カテゴリクローズ
個別カテゴリ
全カテゴリオープン
全カテゴリクローズ

  • plus
  • minus
プロフィール

ウシポニ

Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

お知らせ、メモなど
  • 感想文の更新は終了いたしました。ブログの更新も2016年6月をもって終了いたしました。今後の更新はございません。今までありがとうございました。
最新記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。