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愛や虐待も受け継がれる 第15回、購入:ネットオフ、ドロシー・ロー・ノルト レイチャル・ハリス(石井千春訳):子どもが育つ魔法の言葉。

魔法の言葉
愛や虐待も受け継がれる 第0回
【第1回】【第2回】【第3回】【第4回】
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【第9回】【第10回】【第11回】
【第12回】【第13回】【第14回】


第15回
親が正直であれば、
子どもは、正直であることの
大切さを知る


『わたしたち親は、
わが子が正直な人間に
育ってほしいと願っています。
しかし、そんな親自身が
日頃100パーセント
正直であるかといったら、
そんなことはないからです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P196)


『正直であることが、
必ずしもいつもよいことであるとは
かぎらないからです。
正直であることは、
大人にとっても
こんなに難しいことです。
ですから、
子どもにとってはなおさらです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P197)


本書では、
正直であるということは、
誠実であること、と
書かれています。
自分の都合や願望で
現実をゆがめたり、
否定したりはしない、
自分の経験に対して
誠実だと言います。


場合によっては
思い違いによって
異なったことを言う場合もある、
嘘がいけないのは
意図的に人を
だまそうとするからだ、と
書かれています。




話しはずれますが、
シンプルは難しい、
と思ってしまうところです。
シンプルは
場合によって
覚悟であったり、
他を捨てることであったり、
ゆらがない何かがあったり、
貫く強さが必要な場合もありますし、
その過程で
今までの知識や価値観を
消化して
余計なものを切り落としたり
する場合もあります。


子どものころは
素直に純粋ですので、
感覚も素直で
感度もよく
実は、人間の本質に
近いところにいるのが
子どもであったりするのですが、
大人になるにつれ
様々なものが
身について、
場合によっては
精神にも
贅肉がついてきます。
それはそれで
人間の魅力のひとつでありますが、
その人なりに
本質に近づこうとすると、
今まで身につけてきたものを
捨てたり、
消化したりして、
過去と向き合い、
考えや価値観を更新し、
覚悟みたいなものを持って
進んでいくことになります。
結局のところ、
子どもの状態を
目指していくことになっていた
ということになりますが、
本質にたどり着くまでの
過程があると
その意味や理由を
知っていますし、
気分によってやめる、
といった不安定さはなく、
柔軟性を持つことになります。


純粋さや素直さにおいては
子どもの状態を超えることは
難しいでしょう。
難しいでしょうけれど、
それに代わるものを
手にしているはずです。




嘘という存在は
身近であり、
人間の都合で
嘘をつくことになります。


潤滑油のような役割のときもあれば
相手を傷つけるときもあります。




ときどき、
物語のフィクションは嘘だ
という人がいます。
作家の方々の中にも
嘘をつくのが仕事だ、
と言ったりする方がいます。


創作活動においては、
なにか表現したいことがあったり、
なにか伝えたいこと、
あるいは共有したいことが
あったりするもので
本人が意識している
していないにかかわらず、
その創作するうえでの
根っこの部分は、
本当のことであり、
大切なことであり、
その根っこの部分は
現実の世界にあって
そこから伸びているわけです。


幹や枝や葉、花、実の部分が
創作部分であり、
その創作と言われる部分も
そのパーツをよく見ると
過去の何かしらのものを
利用しているにすぎません。
なんらかの影響を受けなければ
創作できない、といっても
過言ではないでしょう。


創作活動するうえで
自分は嘘をつくのが仕事、
という認識をしたほうが
仕事がはかどるのであれば
そのような認識でも
かまわないのですが、
創作という
人間の活動においては
嘘をつくほうが
難しい、と
言えるのではないでしょうか。


生きている限り、
現実や過去の影響を
受け続けるのです。



フィクションを
ノンフィクションといって
発表してしまう分には
それは嘘となるでしょう。




嘘という存在の
問題となるところは
相手をだまし、
利益を得ようとしたり、
保身をしたり、
相手を傷つけようと
するところにあります。


みんなで
楽しむための嘘とは
違うわけです。


嘘そのものが
必ずしも
悪というわけでは
ありません。


けれど、
日常生活にある
嘘という存在は
たいていは、
自分を守るためである場合が多く、
それは実に醜い存在です。


それが生命にかかわることなら
なおさらです。



小さな嘘でも見逃さない



『子どもは、
どこまで自分の嘘が通用するか、
試しているようなところが
あります。
気をつけなくてはならないのは、
そんなときの対応の仕方です。
これは、なかなか微妙な事柄です。
親としてきっぱりとした態度を
取らなくてはならないのは
もちろんですが、
それが過剰になると逆効果です。
なぜなら、子どもが
怯え萎縮してしまうからです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P200)


甘く対応していると
これが通ったなら
今度はこのくらいのことを
やってみよう、ということになり、
どんどんエスカレートしていき、
気が付いたら
おかしなことになっている、
ということがあります。


ですから、
最初の一歩に
反応することが
大事なのです。



犯罪学では
割れ窓理論というのがありますが、
(ジョージ・ケリング アメリカ)
建物の割れた窓を放置しておくと、
他の窓も壊される、
というもので、
これはゴミや落書き、
駐車違反にも
言い換えることができる理論です。


ネットで調べてみると
心理学者フィリップ・ジンバルドー
(1933- アメリカ)
が言うには、
匿名性が保証されると、
没個性的になって、
周囲の人の行動に感染しやすくなる、
らしいです。


TEDでも
「普通の人が どうやって
怪物や英雄に変貌するか」
というプレゼンを行っていますが、
注目しているのは
「匿名性」「没個性」です。


自分を無くし、
まわりに合わせるようになり、
権威に弱くなるし、
責任の所在が
わからなくなって
無責任にもなる。


これは日本ではないか、
と思ってしまいます。


集団をコントロールするには
匿名性、没個性にしてしまえばよい、
ということにもなります。
没個性にして、
個をなくし、
環境の影響を受けやすくする。
そのような環境を
じわりじわりと
作り上げていけばよい、
ということになります。
この場合、
コントロールできるのは最初だけで
次第に暴走への道を歩み、
最終的にはコントロールなどできず、
暴走後の崩壊がやってきます。


匿名性、没個性の
環境があると
一歩を踏み出しやすくなる。


日本でいえば
「みんながやっているから」
といえば、
納得してしまう、
よく考えれば
怖い考え方で
間違っていても
みんながやっていれば
やってしまう。
「なぜ」と考えもしない。


けれど、逆に考えれば
匿名で参加しやすいならば
それを利用して
なにか挑戦する環境を
作ってしまえばいい、
とも言えます。



そうえいば
このブログも
匿名といえば匿名です。


ただ、
ネットにおいて
匿名はあまりありません。
匿名のように見えますが、
ある程度の技術と知識が
ある人であれば、
その発信元を調べることなど
できてしまいます。


ネットの掲示板で
匿名と思って書きこんで
捕まっている人がいますが、
ネットは匿名でないことを
意識するべきでしょう。



見えていない、
ばれていない、
無関心、認識されていない、
そういった人の目が
届いていない、と
わかれば、
行為は加速していきます。



見ている、見ていないの
メッセージは
案外大きいもので、
目の絵を壁に貼っておくだけで
ルールに従ったり、
犯罪抑止につながったりする例は
あります。


それほど、
見られている、と感じることは
大きいのです。


子どもにとっても
同じことが言えます。
関心を持たれている、
見守られている、とわかれば
安心感が得られるでしょう。


考えがしっかりしていないので、
環境に影響されたり、
環境の反応をみたり
する場合があります。


親が子どもをきちんと見ている、
というメッセージが届いていれば
嘘をつくことなく、
正直になるかもしれません。



子どもと心を通じ合わせる



『親が子どもに対して
正直であるのは
大切なことです。
しかし、
何でも正直に話してしまっては
よくない場合もあります。
多少のフィクションを
交えながら、
その子の歳や成長に合った
答えをするほうが
大事なときもあるのです。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P211)


ここでは
性のことや死のことについて
子どもにどう伝えたらいいか、
ということが書かれています。
そのほかに
お酒やドラッグ、エイズ、なども
含まれます。


もし、子どもの質問に
答えられないと心配している場合は、
本や雑誌を読んで勉強することを
筆者は勧めています。


一番大切なことは
子どもを思う気持ち、だと
書かれています。



正直は一生の宝



『正直であり、
誠実であることは、
一生の宝です。』
(子どもが育つ魔法の言葉 P215)


今の世の中、
正直や誠実であれば
やっていけるか、
と言われれば、
なんとも言えません。


ただ、
正直や誠実であれば
同じような人たちが
集まってくるでしょう。


嘘ばかりついている人は
嘘ばかりついているような
人たちがまわりに集まるでしょう。


どちらがいいかは
言うまでもありません。


それに
自分自身が
誠実であることと、
嘘つきであること、
どちらが精神の安定を
得られるでしょうか。


つづく。



【出典・参考】
子どもが育つ魔法の言葉
ドロシー・ロー・ノルト
レイチャル・ハリス
石井千春訳
PHP文庫



【購入先】
ネットオフ



愛や虐待も受け継がれる 第16回

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Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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