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絶望の向こう側へ進むには 第18回(終)、購入:M's EXPO、諸富祥彦:フランクル 夜と霧(NHKテレビテキスト)。

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絶望の向こう側へ進むには 【第0回】
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第4回
苦悩の先にこそ光がある


フランクルは
苦悩は人間の
「能力」のひとつである
と言っています。


『カウンセリングや
心理療法の
多くのアプローチでは、
悩みや苦しみを
取り除いていこうとします。
それを解決してなくすことが
できるのならば、
なくしてしまうほうがよいと
考えるのです。
それに対して
フランクルの心理学では、
人間が心の中に抱えるそうした
「悩み」や「苦しみ」の持つ
積極的な意義に着目します。
この地球上で苦悩を
感じることができるのは
唯一人間だけであり、
したがって
「苦悩すること」は、
人間の一つの
「能力」である、
と考えたのです。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P77)


悩むという行為は
あれこれと考えることができる
人間ならではの
一面ではないでしょうか。


目の前にある問題に対し、
あれこれと対処の方法を
頭の中でめぐらすけれど
解決策は見つからず、
その問題からくる
苦しみに常にさらされ、
さらに悩む。


強制収容所という
環境下において
環境を変える手段がない場合、
その解決策は
内面の変化しかありません。
ちょっとしたことだけで
理不尽に殴られ、
場合によっては
命を落とすような環境です。


とすれば、
この日々さらされる
苦悩として向き合うとき、
受け入れる方向に
動いたほうがよいのでしょう。


変えられない運命に対し、
その運命、環境を受け入れ
その中で
生きる意味を見出していく。


苦悩とともに
人生を歩む。
否定せずに受け入れる。


苦悩することを
人間の能力だと、
認識することは
客観的にとらえることにも
なります。


苦悩の意味を知る。
これだけで
苦悩に対する印象は
変わってくるものです。
苦しみの質も
変わってきます。


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『古来、哲学や思想の世界では、
人間の本質をさまざまに
定義してきました。

~リンネは
他の動物と違う人間の本質を
「叡智」の中に見出し、
「人間は考える存在である」
と言いました。

ベルクソンは
人間の本質は
「モノを作る」ことにあると見て、
「人間は工作する存在である」
と言いました。

ホイジンガは、
人間の本質は
「遊ぶ」ことにあると考え、
「人間は遊戯する存在である」
と言いました。

~フランクルは~
「人間は苦悩する存在である」
と言ったのです。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P78)


一面だけをもってして
人間を定義することは
難しいですけれど、
どれも納得できるものばかりです。
それぞれの言葉は
その時代背景が
大きく影響していそうな
感じを受けます。


『フランクルは、
安易なポジティブ・シンキングによって
前向きに生きるよりも、
悩むべき人生の
本質的問題に直面した時には、
それをごまかさず、
目をそらさず、
真正面から、
とことん苦悩してよいし、
そうすべきだ、
苦悩には意味があるし、
苦悩の極みにおいてこそ
人間精神は真に高められていく、
と考えたのです。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P80)


フランクルの時代は
なんとかなる、という
楽観的な考え方で
生き抜くのは
厳しい環境だったのかも
しれません。
精神科医として
患者の心と向き合っていた
フランクルの
行き着いた考えは
苦悩を否定せず、
受け入れることのようです。



本書は
アブラハム・マズローの
考え方を紹介して、
苦悩の意味を書いています。


『その人に
高い精神性が
備わり始めている
最中だからこそ、
その精神性に
ふさわしくない日々を
過ごしていると、
「このままではいけない」
という心のメッセージが、
得体の知れない
不安や理由なきイライラとなって
表れるのです。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P82)


成長や変化しようとしているから
苦悩がある、
ということのようです。


苦悩に意味があるということは、
人生において
過程にも意味がある、
と捉えることができます。
そちらのほうが
生きがいもあるし、
より豊かに感じられます。


たとえば、
目標を山頂とするならば、
山登りの楽しさは
どこにあるのでしょうか。
山頂に到達することだけが
目標でしょうか。
ならば、
ヘリコプターで
直接行けるならば
行ってしまえばいいのでは
ないでしょうか。
けれど、そうではないでしょう。
直接登るからいいのでしょう。


目標があると
過程においても
普段とは違う
楽しさがあります。


本書はさらに
苦悩について踏み込んでいきます。


『人間にとって
もっともつらい苦しみは、
「自分がなぜ
悩み苦しんでいるのか、
その理由がわからないことだ」
とフランクルは言います。
そして、ニーチェの
次の言葉を引用します。
「苦悩そのものが問題なのではない。
「何のために苦悩するのか」
という叫びに対する
答えのないことが問題なのである」』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P83-84)


苦悩の意味をわかるのと
わからないのでは
苦しみの感じ方が変わってくる、
というのは、
不思議なものです。
けれど、人間は
そのようになっているようです。


苦悩を客観的に
とらえることが
できるのか、
できないのか、
ということになります。


けれど、客観的にとらえるには
苦悩と向き合わなければなりません。
向き合うということは
いったん、受け入れなければなりません。
(専門家ではありませんが、
心理療法でも
心の傷の原因となったことに対して
認識し消化させることによって
回復させる方法があったかと思います。)



『「何かのための苦悩」であり
「誰かのための苦悩」であること、
これが苦悩の本質です。

~ドストエフスキーも、
苦悩に関して次のような
印象的な言葉を残しています。
「私は私の苦悩に
ふさわしくなくなる
ということだけを恐れた」』
(NHKテキスト フランクル夜と霧P85)


自分のためではなく、
何かのため、誰かのための苦悩。
世間からに対する評価の苦悩ではない、
ということのようです。


苦悩という存在には
それなりの理由がありそうです。


体の痛みでも
そこに不具合があって
機能に支障が出ている、ということを
知らせてくれているのが
痛みです。
人はたいてい痛みを取ろうとします。
そのためには痛みの原因を知ろうとします。
そうすることで治療ができます。


それと同じように
苦悩にも理由はあるのでしょう。



フランクルのこの考え方は
人生において希望が持てなくなったとき、
そのような環境にいるとき、
悩み苦しんでいるとき、
そういった苦しい状況のときに
力を与えてくれる考え方です。


絶望に襲われたとしても
そこから抜け出す方法のひとつとして
有用である、と考えています。



今回で
「夜と霧」の感想文は
最後となります。


約5か月、向き合いましたが、
改めて書いてみますと、
いろいろな考えが出てきたり、
整理できたり、
気が付いたりしまして、
いろいろと勉強させていただきました。



次の感想文は
6月からになります。
戦争から離れて
別のことを書こうと思っております。



ありがとうございました。



【出典・参考】
夜と霧 新版 
池田香代子訳 ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房

NHKテレビテキスト 100分で名著
フランクル 夜と霧
諸富祥彦
NHK出版



【購入先】
夜と霧 新版
楽天ブックス

【購入先】
フランクル 夜と霧(NHKテレビテキスト)
M's EXPO(エムズエクスポ)
岩手県盛岡市みたけ3-36-1

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Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

お知らせ、メモなど
  • 感想文の更新は終了いたしました。ブログの更新も2016年6月をもって終了いたしました。今後の更新はございません。今までありがとうございました。
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