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絶望の向こう側へ進むには 第15回、購入:M's EXPO、諸富祥彦:フランクル 夜と霧(NHKテレビテキスト)。

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絶望の向こう側へ進むには 【第0回】
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本書は2013年3月に
Eテレ100分de名著で放送された内容を
テキストにしたものです。
2012年8月にも放送しており、
その番組のアンコール放送でした。
私がフランクルの「夜と霧」を知ったのは
この番組です。


自分の人生に影響を与えた放送でした。
おかげさまで
少し生きやすくなりました。


前回の「夜と霧新版」に引き続き、
書いていきます。
たいていは、
おさらいという形に
なるかと思います。



第1回
絶望の中で見つけた希望



フランクルの書いた本の原題は
「夜と霧」ではありません。
NHKテキストでは


「強制収容所における
ある心理学者の体験」


と書かれ、
夜と霧新版では


「心理学者、
強制収容所を体験する」


と書かれています。


「夜と霧」は
日本で翻訳出版するときに
つけられた題名です。


まず、この「夜と霧」とは何か
ということが
簡単に説明があります。


ヒトラーが1941年に出した
特別命令に由来しています。


『この年、ヒトラーは、
非ドイツ国民で
党と国家に対して
反逆の疑いのある者は
―実際には反逆の疑いが
まったくなくても―
家族まるごと捕縛して
収容所に拘禁せよ
という命令を出しました。
この恐るべき特別命令は
夜陰(やいん)に乗じ、
霧に紛れて秘密裏に実行され、
ユダヤ人の一家が一夜にして
”神隠し”のように
消え失せるという
事件が各地で相次ぎました。
ゆえに、
通称「夜と霧」命令と
呼ばれたのです。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧 P9)


少し調べますと、
ユダヤ人以外にも
拘禁されたようです。


逆らうものは
強引に排除する。
独裁色が強くなれば
当然ながら強引になっていきます。
これは非民主主義になっていく
バロメーターでもあります。



本テキストでは
「夜と霧新版」では
書かれていない
背景や補足する情報が
あります。


フランクルが収容されてから
解放されるまでの流れを
書いておきます。



1905-41年 ウィーン(オーストリア)
1905年、フランクル、ウィーンに生まれる。
1941年、36歳のときにナチスから出頭通達。


1942年 テレージエンシュタット
(チェコスロバキア)
9月、両親、妻ティリーとともに
最初の収容所である
テレージエンシュタット収容所に抑留。
父親が餓死。


1944年 アウシュビッツ(ポーランド)
10月、アウシュビッツ収容所に移送されて
”最初の選抜”を受ける。
隠していた原稿を失う。
母と兄が死亡。


1944-45年 ダッハウ(ドイツ)
アウシュビッツ到着から
数日後にバイエルン地方の
ダッハウ収容所の支所に移送。
1945年3月、志願して
同地方のデュルクハイム病人収容所に移る。
1945年4月に解放。


1945年 ベルゲン=ベルゼン(ドイツ)
妻ティリーが死亡した収容所。
フランクルの回想録によれば、
英軍による解放直後に
亡くなったという。

(NHKテキスト フランクル夜と霧 P15)


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アウシュヴィッツの最初の選抜は
労働者として使えるかどうかの選抜で
将校の人差指をほんの少し動かし
右か左を差して選別していました。
右は処分されることを意味していました。
フランクルは左のグループに入ることが
できたのです。


フランクルは
アウシュビッツ収容所には
数日しかいませんでした。
すぐにダッハウ収容所の支所へ
移送されますが、
そこはアウシュビッツよりは
まだましだったのかもしれませんが、
過重労働、飢餓、拷問、
人体実験、伝染病などが
はびこっていたそうです。


強制収容所のような
過酷な環境に適用とするとき
人は心を外界から切り離します。
そうやって心を守ります。


『なかでも、人間が
極限状態に置かれた時に
表れる精神の変化として
フランクルがもっとも注目したのは、
多くの人が何を見ても、
何に触れても、
何も感じない
「無感動」
「無感覚」
「無関心」
状態になっていったことでした。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧 P21)


愛の反対は
憎悪ではなく、
無関心であると
言われますが
無関心でいることで
心に影響を及ぼさないようにする、
負荷がかからないようにする、
心が自動的にする防衛手段です。


そんな過酷な状況の中、
生きて帰った人と
亡くなった人の違いは
なんだったでしょうか。


『その一つは、
「未来に対して
希望を持ちえているか否か」
であったとフランクルは言います。』
(NHKテキスト フランクル夜と霧 P24)


希望という言葉は
よく見かける言葉のひとつですが、
言い換えれば、
つながりや可能性を
感じられるか、思うことができるか、
ということでしょう。


絶望や孤独となって
存在する意味を見出せなくなると
心が崩壊し、
闇に飲み込まれます。
衰弱し、抵抗力もなくなり、
亡くなっていいきます。
または、苦痛から逃げるため
自ら終止符を打ちます。


フランクルは
原稿を書き上げる、
という目標がありましたが、
精神科医、心理学者として
苦しみから
救われる方法を求めている
人たちのために
本を世の中に出さなければならない、
という使命感もありました。


強制収容所という
過酷な環境下で
楽観的、楽天的な人で
生き抜いた人はいるのでしょうか。


夜と霧新版では
そういった人たちのほうが
じつは大変だったようなことが
書かれていました。


どうにかなる、と思っていたのが
実はどうにもならなかった、
そして、それはずっと続く。
精神は結構ボロボロなのかもしれません。
どうにかなる、という希望が
常に裏切られているのですから。



希望を持った人のほかに
生き抜いたのは
感受性の豊かな人でした。
フランクルは
恐ろしい周囲の世界から
内的な豊かさへと
逃げることができたから、
と言っています。


精神が柔軟であり、
精神的負荷を逃がすことが
できたのかもしれません。



こうやって
もう一度見てみますと
生き抜いた人は
精神の柔軟性をもっている、
ということでしょう。
限界に達しない
なんらかの方法をとっている
ということではないでしょうか。


希望、目標、使命感、意味、
という世界を持っていれば
その世界へ移行することで
精神的負荷を
回避することができるという
考え方もできます。


続く。



【出典・参考】
夜と霧 新版 
池田香代子訳 ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房

NHKテレビテキスト 100分で名著
フランクル 夜と霧
諸富祥彦
NHK出版



【購入先】
夜と霧 新版
楽天ブックス

【購入先】
フランクル 夜と霧(NHKテレビテキスト)
M's EXPO(エムズエクスポ)
岩手県盛岡市みたけ3-36-1



絶望の向こう側へ進むには 第16回

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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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