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絶望の向こう側へ進むには 第12回、購入:楽天ブックス(みすず書房)、ヴィクトール・E・フランクル(池田香代子訳):夜と霧 新版。

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絶望の向こう側へ進むには 【第0回】
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教育者スピノザ



『収容所生活が被収容者にもたらす
精神病理学的症状に
心理療法や精神衛生の
立場から対処するには、
強制収容所であってもなお、
なんとか未来に、
未来の目的にふたたび
目を向けさせることに意を用い、
精神的に励ますことが
有力な手立てとなる』
(夜と霧新版P123)


フランクルは
強制収容所での時間感覚に
注目していました。


未来になにも
希望が持てなくなって
長い列にまじって
歩いている時に
自分が
「生きる屍」
と感じてしまう。
強制収容所では
いつ解放されるか
わからない、という
絶望の中の
わずかな希望が
あいまいのまま
永遠に引き伸ばされる状態。


環境を変えることができない状態では
内面の状態が
生死を左右しています。


フランクルは
未来の目的に
目を向けさせる。
それがよりどころになって
精神的破綻を防ぐ、
ということのようです。



人の精神(脳)と肉体は
お互いに影響しあっています。
日本では過去に
精神論一辺倒だった時代があり、
その反動と海外の理論的な価値観もあり、
非精神論に一度大きく寄りましたが
最近を見ておりますと
禅などの東洋的思想が
海外でも注目を浴びたのと、
様々な価値観が認識されはじめたことなど、
いろいろあって、
ときにはぶつかっていたりしますが、
変化しているときではないかと
見ております。


精神と肉体は
お互いに影響し合っていることは
科学的にも証明されつつあり、
理論的にも様々な意見が出され、
最近では腸など消化器系と
脳の関係が注目を浴びているようです。
おかげさまで
腸を意識するようになりました。


本書を読んでも
精神、心の状態が、
肉体に大きな影響を与え、
生死を分かれる結果となっています。


フランクルは
来る日も来る日も
思考の全てを
強制収容所での生活の
細かいことに
注ぎ込まれていました。
今日の夕食、
その夕食のおまけのソーセージのこと、
それをパンと交換したほうがいいか、
煙草をスープ一杯と
交換したほうがいいか、
靴ひものかわりの針がねを
どうやって探そうか、
今からいく作業グループは
どんなだろうか、
カポーに取りいるには
どうしたらいいか、
殴られるだろうか、
こういったことに
問いかけて考えていました。


こういった問いに
さいなまれねばならないという
むごたらしい重圧。
とっくに反吐が出そうに
なったと言います。
精神が疲弊しています。


そこでフランクルは
未来を想像します。
強制収容所の心理学を
豪華な大ホールで
公演する姿を想像することで
現在の苦しみを
過去と見ることができ、
自分自身を心理学研究の対象と
することができた、と
言っています。


このことを
少し整理してみますと、
苦しい現状に対して
そのことだけに考えることをやめ、
未来に視点を向ける。
未来を想像し、
目的を明確にすることで
現状を客観的に捉える。
そうすることで
精神に対する重圧、
日々の思考、泥沼から
抜け出す。


これは現在においても
気軽に使える精神のテクニックです。
未来の目的(本来の目的)
を明確にして
現状を客観視することで
日々のイライラから
抜け出せる場合があります。
現状を整理することにも
冷静になることにも使えます。
精神の負担軽減にもなります。


『スピノザは「エチカ」のなかで
こう言っていなかっただろうか。
「苦悩という情動は、
それについて明晰判明に表象したとたん、
苦悩であることをやめる」』
(夜と霧新版P125)


簡単に言えば、
苦悩を客観視できれば
苦悩ではなくなる。


以前、私自身の
孤独の体験を書きましたが、
孤独という存在に
窒息しそうになったとき、
チャールズ・ブコウスキーの
言葉によって
孤独を客観的に捉え、
孤独から抜け出せた、ということを
書きましたけれど、
まさしく、その体験が
苦悩を客観視することだったのでしょう。


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『しかし未来を、
自分の未来をもはや信じることが
できなかった者は、
収容所内で破綻した。』
(夜と霧新版P125)


自己放棄と破綻、
未来の喪失が
どれだけ本質的に
つながっているかを言っています。


著名な作曲家兼台本作家が
フランクルに打ち明けたのは
夢の内容です。
そこで声がして、
知りたいことがあれば
なんでも答える、というので、
いつ解放されるのか、と聞くと
3月30日と答えたといいます。
夢の話しをしたのは3月はじめです。
夢のお告げの日に近づくけれど、
収容所に入ってくる情報では
解放する見込みがない。
すると、3月29日に
突然高熱を発して倒れ、
3月31日に死にました。
死因は発疹チフスでした。


解放の時が訪れないことに
ひどく落胆したことにより
抵抗力が急速に低下し、
潜伏していた発疹チフスで
命を落とした、と
フランクルは分析しています。



1944年のクリスマス、
1945年の新年のあいだの週に
かつてないほど
大量の死者を出しました。
その原因は
クリスマスに帰れるという、
ありきたりな希望にすがっていて
クリスマスの季節がきても
新聞にそのような記事はないので、
落胆し失望し、
それが抵抗力低下につながり、
その時期の大量死につながった
というのです。


フランクルはニーチェの言葉を
引用します。


「なぜ生きるかを知っている者は、
どのように生きることにも耐える」


生きる目的を意識させ、
精神的に耐え、抵抗できるように
してやらねばならない、
と言います。



生きる意味を問う



ここでは
生きる意味についての問いを
180度方向転換することだと
言っています。


『わたしたちが
生きることから
なにを期待するのではなく、
むしろひたすら、
生きることが
わたしたちから
なにを期待しているかが
問題なのだ』
(夜と霧新版P129)


これはちょっとわかりにくいですが、
私なりに言いかえてみますと、
これからの人生、
どんな楽しいことがあるだろう、と
自分の未来の人生に
期待するのではなく、
これから進もうとしている
人生のほうから
あなたの行動に期待している。
その期待または問いに対して
行動で答えればよい、
ということのようです。


自分のためでなく
大切な何かのために
行動することに
つながるのですが、
育った環境にもよりますが、
この考え方は
ある程度社会を経験した人でないと
わからないかもしれません。


この考え方の行き着くところは
我を捨てることになるので、
そういったところに
たどり着くには
自分と向き合うことが
必要ですし、
時間もかかるのでは
ないでしょうか。


知識として頭の中にあっても
実践はむずかしいです。
繰り返すことが必要でしょう。


ただ、これは
自己犠牲とは別のものである、
と考えています。


自分が生きるには
どのような認識をすればよいのか、
という考え方のひとつなのですから。


続く。



【出典・参考】
夜と霧 新版 
池田香代子訳 ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房

NHKテレビテキスト 100分で名著
フランクル 夜と霧
諸富祥彦
NHK出版



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フランクル 夜と霧(NHKテレビテキスト)
M's EXPO(エムズエクスポ)
岩手県盛岡市みたけ3-36-1



絶望の向こう側へ進むには 第13回

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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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