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絶望の向こう側へ進むには 第9回、購入:楽天ブックス(みすず書房)、ヴィクトール・E・フランクル(池田香代子訳):夜と霧 新版。

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絶望の向こう側へ進むには 【第0回】
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脱走計画



『自分はただ
運命に弄ばれる
存在であり、
みずから運命の主役を
演じるのでなく、
運命のなすがままに
なっているという
圧倒的な感情、
加えて収容所の人間を
支配する深刻な感情消滅。
こうしたことをふまえれば、
人びとが進んで
なにかをすることから逃げ、
自分でなにかを決めることを
ひるんだのも
理解できるだろう。』
(夜と霧新版P94-95)


強制収容所という環境の中では
その環境を
自らの行動で変えよう、
とすることは難しいでしょう。
間違えば、即処分です。


そんな環境の中で
生き抜くために
人間の心がとった変化は
精神の平穏を得るための
感情消滅。
外界からの影響の遮断。


そういった
精神が守りに入った状態では
自ら行動しよう、
という気持ちは
おきません。


環境は
行動を起こす芽を摘み取り、
芽を出そうとすることすら
できないような
厳しい状況を作りだした、
ということです。


それぞれの精神の中に
監獄を作ってしまったのと
同じです。


力の差が大きくあるときに
作られた精神の監獄は
すごく強力です。


これは現在にも
よくみられます。


例えば、家庭環境。
子供は力が弱く、
精神的自立もできず、
経済的にも家庭に依存しなければ
生きていけません。
親の対応によっては
子供にとって
家庭は監獄になります。


そういった環境で
成長の芽を摘み取られ
行動することすら
起こさせないような
精神状態に追い詰められ、
その監獄から
逃げ出すことすら
出来ない、
助けを求めることすら
出来ない、
そのような状態が
現実にあります。


虐待が行われている家庭では
家は監獄です。


こういった構図は
いたるところにあります。


学校、会社や
経済、政治など
社会のいたるところで
見られます。


スポーツの世界でも
圧倒的な差をつけることで
やる気をそいで
勝敗を決めてしまうことも
手段としてあるでしょう。


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この「脱走計画」の部分では
実際に脱走しようとしたこと、
それを実行に移したこと、
けれど、途中でやめたこと、
そして、助けがきたことなど
終戦間近の環境に
翻弄されたことが
書かれています。


受け持ちの病棟で
回診したときに
同じ町の出身者の患者から
「やっぱり逃げるのか」
と言われ、
絶望しきったまなざしを
向けられます。


フランクルは
みずから運命の主役を演じない、
と決めていたのに
その原則をやぶりました。


脱走仲間に
脱走はしないこと告げます。


今まで通り患者と残ると決めると
やましさは消えたといいます。


そうしているうちに
赤十字の車が来て
保護下に置かれるのですが、
夜になって
親衛隊がトラックで乗り付け
撤退命令を出し、
戦争捕虜として交換するから
と理由で被収容者を
トラックにのせます。


フランクルは手違いから
そのトラックに乗ることが
できませんでした。
自由になれる手段を
失ったと思ったのです。


そして、その場所は
前線となり
戦場となります。


夜が明けると
ポールに白旗がはためいていました。


フランクルは助かるのですが、
トラックに乗った人たちは
移送された小規模収容所に
閉じ込められ
火を放たれていたのでした。
数週間後に見た写真には
炭化した死体の山が写っていました。



いらだち



感情の消滅が
自己防衛のメカニズムで
説明できると
書かれていますが、
その仕組みは
精神的な要因以外にも
肉体的な要因もあった、
といっています。


『肉体的な要因は数あるが、
筆頭は空腹と睡眠不足だ。


~このふたつの要因は
感情の消滅や
いらいらを引き起こす。』
(夜と霧新版P104)


食欲と睡眠欲。
このふたつが満たされていないと
精神的に圧迫することは
普段の生活からも
想像できるところです。



睡眠というのは
すごく重要です。
無理がきくところなので
軽視されがちですが、
自分のパフォーマンスを
しっかりと発揮するためには
充実した睡眠は
かかせません。


「睡眠不足は
いい仕事の敵だ」
(映画「紅の豚」より)


同意です。


睡眠不足から
能力的非効率の道へ。
そして常態化へのスパイラル。
自己管理できていない
よくあるパターンです。
(最近の自分にも
当てはまります。)


しかし、
人はなぜ
いらつくのでしょうか。


少しネットで調べてみますと、
それは
ストレスからくるもので、
何らかの欲求があって、
それが満たされないときに
発生するものらしいです。


こう書いてみますと
当たり前のことですが、
いらついている時、
怒っている時は
当然ながら、
意識はしていません。


動物的には
回避行動を選択させるために
怒りやいらつきが
発生しているとのこと。


専門家の書くことは
わかりにくいですので
自分なりに咀嚼すると、


欲求を満たすことを
邪魔している障害を
回避(または排除)させるために
怒りやいらつきがある
ということです。


その要因がなくならないかぎり
いらいらは続きます。
(という解釈でいいのでしょうか。
それとも回避とは
怒りを使って
ストレスを外に出すことを
言っているのでしょうか。)


不快を感じ
それがストレスとなり
それを回避するというのは
生物的には
生存するための
仕組みなのでしょう。
不快というのは
生存に適していないと
感じているからです。


現在では
期待に対して
達成されない、
そして、達成する方法を
知っていれば
知っているほど
達成されないときの
ストレスは高くなります。


期待が高ければ
高いほど
その反動も大きくなります。


いらつきや
怒りというものが
本来はなんなのか。


生命の維持や
幸せの維持を
阻害するときに
現れる怒りというのは
人としては
普通の反応なのかもしれません。


けれど、
あまりにも
利己的な理由による怒りやいらつきは
個人的にも
社会的にも
ストレスのように残って
それが連鎖していくという
悪循環になるでしょう。


怒りやいらつきの
原因がなんなのか
それは真っ当な反応なのか
向き合えるようになれれば
少しは良い循環に
なるかもしれません。


続く。



【出典・参考】
夜と霧 新版 
池田香代子訳 ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房

NHKテレビテキスト 100分で名著
フランクル 夜と霧
諸富祥彦
NHK出版



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絶望の向こう側へ進むには 第10回

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Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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