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絶望の向こう側へ進むには 第3回、購入:楽天ブックス(みすず書房)、ヴィクトール・E・フランクル(池田香代子訳):夜と霧 新版。

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絶望の向こう側へ進むには 第0回
絶望の向こう側へ進むには 第1回
絶望の向こう側へ進むには 第2回


消毒


最初の選別で
残った人びとは
服を脱ぎ、
荷物を置いていくように
親衛隊員から言われます。
衣服、靴、眼鏡など
すべてです。


真っ裸になったあと、
頭をはじめ、
体中すべての毛を
剃られます。


それから、
シャワー室に
追い立てられます。


フランクルは
学術書の原稿を持っていて
これだけは
持っていたいことを
古参の被収容者に
打ち明けるのですが、
「糞ったれ!」
とどなりつけられます。


『このとき、
わたしはことの次第を
のみこんだ。
そして、
この第一段階の
クライマックスにおける
心理学的反応をした。
つまり、
それまでの人生を
なかったことにしたのだ。』
(夜と霧新版P21-22)


精神科医であったフランクルは
強制収容所に入れられる前から
執筆をしていて
新しい理論をまとめていました。


収容所に入れられる前に
生きた証を残そうと
まとめていた原稿だったのですが、
書き終える前に強制収容所へと
連行されてしまうわけです。


その原稿を
手放さなければならなくなり、
人生の集大成に対して
古参の「くそったれ!」という
罵倒とともに
手放すわけです。


生きた証、
今までの人生の意味を
捨ててしまった
フランクルにとって
「それまでの人生が
なかったことにしてしまった」
という心理の反応は
現状を理解し、
受け入れ、
あきらめ、
心の糸が切れてしまった。


自分では
変えることのできない環境を
目の前にして、
最後の希望が否定された。
生きてきた意味が否定された。
いままでが無意味に
見えたのかもしれません。
人生を否定されたように
感じたのかもしれません。


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最初の反応



幻想していたことが
ひとつひとつ消えていき
やけくそのユーモアと
好奇心が心に現れたと
書いてあります。
その好奇心は
別の場面でも
経験したことがあったと
いうのです。


『生命がただならぬ状態に
置かれたときの反応として
この心的態度を、
別の場面で経験したことがあった。
それまでにも生命の危険に
晒(さら)されると、
たとえば山で岩場を
よじ登っていて
ずるっと滑らせたときなど、
その数秒間
(あるいはたぶん何分の1秒間か)、
ある心的態度で
この突発的なできごとに
対処していたのだが、それが、
自分は命拾いするだろうか、
しないだろうか、
骨折するなら頭蓋骨だろうか、
ほかの骨だろうか、
といった好奇心だった。』


生命の危機の時、
例えば、事故の時など、
目に映る風景が
スローモーションのように
ゆっくりと見える、
という体験がありますが、
少し調べて簡単にまとめてみると
脳内麻薬が大量に分泌し、
脳の能力が向上、
多く認識できるようになり、
普段よりも大量の情報を
収集、処理し、
それらすべてを記憶する、
ということらしいのですが、
これはフランクルの
岩場をよじ登って
足を滑らしたときの
脳の状態と同じでしょう。


そのときの状態と
強制収容所で現れた好奇心を
同じように扱っておりますが、
それとは違うものではないか、
と考えます。


強制収容所で現れた好奇心は、
冷静になったというよりは
客観的な立場となって
現実世界から距離をとり
離れることによって
心が干渉されないように
よそおっている、
といったほうが
いいかもしれません。


関わらないことで
現実逃避ができる、
ということなのでしょう。
心を守るための
無意識的反応なのでは
ないでしょうか。


やけくそのユーモアも
現実を笑い飛ばそうと
しているわけですが、
なんとか現実をごまかしている。
受け入れられない現実を
無理に濁すことで
なんとか拒否しようと
しているのではないでしょうか。



フランクルは医学者として
様々なことを学んでいきます。
人は何でも可能だ、という
驚きを挙げています。


収容所暮らしでは、
一度も歯を磨かず、
あきらかにビタミン不足でも
歯ぐきは以前よりも
健康だったし、
不衛生だった状態で
傷だらけになっても
傷口は化膿せず、
仲間とぎゅう詰めになり、
耳元で壮大ないびきを
聞かされても
横になったとたんに
ぐっすりと寝てしまう。


人間はなにごとにも
慣れることができる、
どこまでも可能だ、と
いいます。
(ベッドにぎゅう詰めになって
寝ている写真をあげて
扱いのひどさを伝えるものが
ありますが、
お互いに体をつけて
寝ることは
寒さをしのぐには
都合がよかったようです。)


以前、ネットで読んだことですが、
生活するだけが精一杯の人で
食べるものも切り詰めて
あきらかに
栄養不足のようだけれども
健康そのもので
むしろ、以前よりも
健康状態が良くなった、
という話を聞いたことがあります。
(生活習慣が
良かっただけかもしれません。)


例えば、
スポーツする人が
状態よく減量を成功させれば、
感覚が研ぎ澄まされることが
あるようですが、
満たされない状態のほうが
体ががんばってくれて
結果的に状態が良くなる、
ということでしょうか。


農作物でも
すこし厳しい環境に置くことで
その環境で生きようとする
生命力を高め、
より栄養価の高い、
あるいは甘い作物を
作る技術がありますが、
動物や植物といった
生物において
危機感に触れると
生命力や能力が向上する、
というのがありそうです。



「鉄条網に走る」?



『わたしたちは
心理的反応の
第一段階にとどまっていた。
出口なしの状況、
死の危険に
日々、時々刻々
つけねらわれていること、
まわりで人が
ばたばた死んでいくこと。
こうしたことが
ほとんどすべての人に、
たとえほんのいっときなりと
自殺を思わせたとしても
不思議ではない。』
(夜と霧新版P28)


『「鉄条網に走る」という
収容所特有の言い回しは、
収容所ならではの
自殺方法を言い表している。
つまり、高圧電流が
流れている鉄条網に
ふれるということだ。』
(夜と霧新版P28)


『収容ショック状態に
とどまっている被収容者は、
死をまったく恐れなかった。
収容されて数日で、
ガス室はおぞましいものでも
なんでもなくなった。
彼の目に、
それはただ自殺する手間を
省いてくれるものとしか
映らなくなるのだ。』
(夜と霧新版P29)


収容者はみな
異常な精神状態でした。
けれどそれが普通の反応だ、
とフランクルは書いています。


異常な状況では
異常な反応を示すのが
正常なのだと。


フランクルの知り合いが
忍びこんできて
安心させ、
説明してなぐさめるですが、
選抜で落とされないために
ガラスの破片で
髭を剃ることや、
いつもぴしっとしていることや
ガス室なんて
恐れることはないことを説明し、
この集団の中で
収容ショックをあまり受けていない
フランクルを指さして、
あえて、この中で
選別の心配があるのは
フランクルで
あとの人は大丈夫だ、といって
安心させます。


フランクルは
知人のこのやり方に
微笑んだといいます。


安心させるために
比較対象を示して、
見える形で比較させる。


自分よりも
選別される可能性がある
相手がいるということで
自分は選別対象に選ばれない
という安心感が
広がるでしょうし、
その不安がやわらぐことは
精神状態は良くなります。


精神的に良くなれば
おどおどすることはなくなり、
行動にも現れます。


病人に見えないような
状態であれば
労働力として親衛隊員に認識され、
選別(処分)されずに済むわけです。


ただやみくもに
安心しろ、といっても
安心するための
根拠がなけれれば
安心できません。


認識するときに
一番わかりやすいのは
比較対象があって
比べることができることです。
「差」がはっきりと
見えることで
わかりやくなります。


自分よりも下の者がいる。


不安で苦しいのは
自分だけではない、
という共有が生まれ、
自分より下がいるという
安心感も生まれる。


フランクルの知り合いは
そういった心理を
生み出すことで
収容所に来たばかりの人びとを
安心させていたのかも
しれません。



苦しいことや
不安なことを
共有するということは
日常の会話から
精神的な療法まで
いろいろとありますが、
自分の状態を認識し、
それが自分だけではない、
とわかったときの
安心感というのは
呪縛から解放されたような
感覚になります。


知ると知らないで
どれだけ世の中が
違ってくるか。


知ることの大切さを
改めて実感します。


続く。



【出典・参考】
夜と霧 新版 
池田香代子訳 ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房

NHKテレビテキスト 100分で名著
フランクル 夜と霧
諸富祥彦
NHK出版



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絶望の向こう側へ進むには 第4回

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Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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