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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第29回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1945-1989戦後編。

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【昭和史1926-1945】

日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

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【第 9 回】 【第10回】 【第11回】

【第12回】 【第13回】 【第14回】

【第15回】 【第16回】 【第17回】



【昭和史1945-1989戦後編】

【第18回】 【第19回】 【第20回】

【第21回】 【第22回】 【第23回】

【第24回】 【第25回】 【第26回】

【第27回】 【第28回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社です。


第11章
いわゆる「五十五年体制」
ができた日


サンフランシスコ講和条約当時の
総理大臣吉田茂さんが、
アメリカに依存しすぎではないかと
悪口を言われても、
軽武装と経済復興を主眼においた
政策をぐんぐん推し進めていました。


ところが、吉田さんの
そういう政策を勘弁できないと
思っている人たちが、
とくに”党人派”といわれる、
戦前の政友会、民政党などの
政党出身の政治家の中に
たくさんいたのです。


占領軍を押しつけ
憲法を改正して
再軍備を推し進め、
昔ながらの強力な国家を
つくろうという意見でした。


昭和23年(1954)10月
自由党内閣として成立したのが
吉田内閣で、
ここから吉田さんの
長い時代が続きます。


昭和29年(1954)12月まで
実に6年2ヶ月の長期政権でした。
この間に講和条約を締結し、
さらに安保条約を、
署名としては個人で結んできました。
吉田内閣としては
それが最大の使命でしたから、
見事に成し遂げた当時が
人気が絶頂といいますか、
国民の中にも吉田さんへの
敬愛の念もあったのです。


が、この時期を過ぎますと、
いくらたっても辞めないうえに、
独特の風格をもった人物で、
まことに傲岸(ごうがん)無類、
新聞記者なんて相手にしない。
しかも和服を着て
白足袋を履き、
葉巻をぷかぷかふかす貴族趣味、
その辺の政治家とはまったく違って、
吉田ワンマンといえば
知らない人はない、
というぐらいでしたから
悪口も出てきます。


吉田さんは、
自由党内のごたごたに関しては
嫌がって手をつけず、
代わりに戦前からの党人派、
大野伴睦(ばくぼく)、
広川弘禅(こうぜん)
の二人の大物に党務を任せていました。
また政策面では
池田隼人、佐藤栄作、岡崎勝男なども
もっぱら官僚出身者に
やらせていました。
そして軍事費を削減し、
防衛はアメリカに
お任せすることにして、
余った金といっちゃなんですが、
残りの予算でもって復興に
全力を注いだのです。


昭和26年5月頃
まもなく鳩山さんが
戻って来ることを見越して
鳩山派が結成されます。


昭和28年(1953)2月28日
吉田さんは予算委員会で
質問があんまりしつこんで、
ついに「バカヤロー」と、
言ったのが聞こえてしまいます。
この暴言により
懲罰委員会にかけられます。


このとき、鳩山派の派閥
自由党民主化同盟は欠席し、
懲罰委員会は可決され、
吉田さんが「申し訳ない」と
謝罪することになると、
自由党がまっぷたつに割れているぞと
野党は勢いづき、
背後で動きだして
内閣不信任案を提出します。


当時の世評は
「もうワンマンはたくさん、早く去れ」
というくらい吉田不人気で、
とうとう不信任案が可決されます。
国家は解散、総選挙となります。


第五次内閣を成立させたものの、
すでに命運は尽きつつあったと思います。


昭和29年(1954)春頃
造船汚職が明るみに出ます。
各国から造船の受注をしていましたが、
ピンハネをしていたようです。
真実はわからないようですが、
これにより佐藤栄作さんは
幹事長を辞めざる得なくなります。


自由党内の鳩山派、
改進党、日本自由党が一緒になり、
日本民主党が成立しました。


吉田さんは解散しようとしますが、
緒方官房長官ら
党人グループに反対されます。


自由党総裁を降ります。
ということは総理大臣も
降りることになります。
吉田さんの時代は
終わりを告げました。


昭和29年(1954)12月10日
鳩山内閣が成立しました。
その後、再軍備を目指して改憲を
しようとするのですが、
3分の2には届きませんでした。


一方、社会主義勢力は危機感を覚え、
「抵抗勢力は
1つになったほうがよい」
と急接近し、日本社会党として
1つにまとまったのです。


この動きを深刻に受け止め、
保守合同をしようとします。
自由党と民主党がいっしょになり、
自由民主党ができます。


これで二大政党という構図を取り、
一般的には「五十五年体制」
と言います。


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ここまで読んでみますと、
吉田茂さんのワンマンから
合同保守、自民党ができる
流れが書かれています。


政局はあまり興味がありませんので、
飛ばしています。
詳しくは本書をお読みください。



政治で一番怖いのは
なんだかんだいって、
結局のところ


「民意」


のようです。


それはどんな体制になってもです。
ですから、マスコミを
コントロールしたがるのでしょう。


以前、角栄さんが
政治家、官僚、国民の関係を
三すくみだ、と言っていました。


役人は政治家に弱い。
役人は国民に強い。
国民は政治家に強い。
(政治家>役人>国民>政治家)


以上のような関係性が
あるからうまくいっている
といっておりました。


官僚の人事は政治家がにぎり、
政治家は選挙で決まります。
政治の実務をするのは
官僚、事務方です。


現在もそのようになっているのかは
よくわかりませんが、
政治で怖いのは民意なのは
昔も今も同じです。


そもそも
市民が存在しなければ
政治も存在できません。


市民が存在して
はじめて政治ができるのです。


日本が民主主義国家と
言うのならば、
より、民意に向き合わなければ
ならないでしょうし、
民意と反すること、
あまりにもかけ離れたこと、
あるいは、無視すること、
いつわりの発言、行動、
あるいは、何もしないこと。


そんなことを続けていけば
誰も発言を信用しなくなります。
疑心暗鬼となり、
疑いの目で見ます。


民意と向き合わないのならば
後々、その行為は返ってきます。
残酷にも民意によって
捨てられるでしょう。


それが民主主義の
一面かもしれません。


今や、ネットの時代です。
記録はネット世界に残り続けます。
知識は共有されます。


情報や知識が簡単に誰でも
共有される時代。
市民も昔のままではないのです。
少しずつ、学んでいきます。


やはり、
インターネットという存在は
大きな変化をもたらすようです。


市民の命を取るのか、
金を取るのか。


大ざっぱにいえば、
そんな選択ばかりのように
見えます。



私がこの本を手にした
最初の理由は
昭和史を学ぶためでもなく、
戦争や政治を知るためでも
ありませんでした。


国家興亡40年説


これに興味を持ち、
それを知るために
読み始めたのです。


これは
国家の盛衰が40年単位で
切り替わることで、
この説からいくと、
今の日本は
バブル崩壊から
どん底へ向けて
転げ落ちている最中で、
2032年あたりが
どん底となります。


2030年代は
社会保障関係が限界に
きているときでしょうし、
そこから団塊の世代と
いわれる人たちが
少なくなっていく
時代の転換期です。


このことを知った時、
人が入れ替わることは
時代が入れ替わること
ということだろうか、
と直感的に感じました。


40年で築き上げた時代を
40年で崩しているのか、
とも思いました。


結局のところ、
40年で作り上げた
その時代の価値観が
新しい価値観に入れ替わるのに
40年かかる、
ということなのかもしれません。


日本は他国と違い、
人の移動に関しては
閉鎖的です。
移民もありませんし、
海外に出て働こうとする人も
少ないので
アメリカなどのような
人の入れ替えが
常にあるわけではなく、
流動性がないということは、
他の価値観と触れる機会も少なく、
ゆえに価値観は固定され
独特の変化を見せます。


これが良いのか悪いのかは
わかりません。


日本の文化が
今のようになっているのは
そのおかげかもしれません。


たいていが
日本で育ち、
日本で働き、
日本で亡くなっていきます。
その価値観や文化の流動性が
少ないまたはゆっくりな
日本において、
価値観が入れ替わるのは
人の入れ替えが必要で、
ある程度入れ替わるのに
40年かかる、
ということなのかもしれません。


※追記
(日本人は目先のことでしか
判断せずにやってきたので、
感覚的に
無責任に
調子に乗って
積み上げた時代の限界が
40年であり、
ダメになるのに
40年かかる、
という見かたも
できるかもしれません。
ダメになるのは
根本的な構造の問題です。
小手先だけの
場当たり的対応をしても
何の問題解決にも
ならないからでしょう。)


ただ、インターネットが
大きな変化を与えていますので、
今後、この40年スパンは
なくなっていって、
区切りなく、
ゆっくりとはあるけれど
常に変化し続ける国に
なるかもしれません。


インターネットが当たり前にある
デジタルネイティブ
といわれる世代が
メインの時代になったときに
そうなるかもしれません。


いや、やはり、40年説のような
なにかしら時代のかたまりで
入れ替わる時代がくる
可能性もあります。


例えば、
人工知能やロボットが
当たり前の時代になったとき、
価値観の入れ替えが来るかもしれません。
アイザック・アシモフが書く
SF小説の中で出てくる
ロボット工学三原則のような
ロボット倫理、人口知能倫理が
あれこれと議論されているかも
しれません。


あるいは、
今、ウェラブル端末みたいに
情報端末を身につけていますけれど、
やはり、さらに進めば
体内の中に入っていく時代に
なるかもしれません。
アニメでいうところの
攻殻機動隊のように。
そのときにもあれこれと
価値観の衝突が起きそうです。


やはり、価値観の変化は
技術の変化とともに
やってくるのでしょう。



最近の日本を見ておりますと、
株価に一喜一憂していて
日経平均株価が
日本経済のすべてを
あらわしている、みたいな
感じになっています。


正直申しまして
騒ぎすぎです。


今の株式市場を
経済指標とするのは
少々、荷が重過ぎます。


実体経済を
あまりあらわしていないからです。


経済が二極化していますので、
日本の大企業と
中小企業はあまりリンクしておらず、
現在の株価の指標は
日本トップ企業の数字となります。


日本のほとんどは
中小企業ですので。


中間層がいた時期にならば
まだ有効性のある指標でしょうけれど。


それに現在の株式市場は
投機マネー、短期売買が多く入っており、
川で例えるならば、
泥水で水かさと早さが増し、
水質を不透明にしているようなものです。
ちょっとしたことで
増えたり、減ったりしますし、
中を見えにくくしています。


証券会社などは
株の取引手数料で
飯を食っている人たちなので
たくさん取引してもらったほうが
よいでしょうが、
実体経済はわかりにくくしています。


株というのは
期待と不安という心理の集まりです。
それによって
上がったり下がったりします。


株で利益を上げるということは
その分だけ
損している人がいるということです。


お金が右へ行ったり、
左に行ったりしているだけです。


そういった
お金のやり取りをしている場所、
という認識で見るならば
いいでしょうけれど、
これがあたかも
日本の実体経済を
あらわしているような見かたは
今の市場では
難しいのではないでしょうか。


もし、本当に実体経済を
あらわしているのならば
バブルなんていう現象は
起きないはずです。



最近、気になっていることがあって、
それはテレビを見ていると
語尾に


「~と思います」


とつける機会が多くなったように
感じています。
そのような話し方をされている人が
増えているようです。


どこか、自信なさげで
日本経済の影響を
無意識に受けているのかも
しれません。


謙虚になったと
見ることもできますけれど、
こういった無意識に出るものは
参考になります。


今年のファッションは
不景気で流行するような
モノトーン系が
選ばれているようです。


気持ちは
控えめのようです。



何を信用したらよいのか
わからない。


そんな状態かもしれません。



何かに頼ることを
前程とした考え方は
やめた方がよいでしょう。


そのほうが
気持ちは楽になります。


自分を見つめ直す
よい機会かもしれません。


続く。



【参考・出典】
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第30回

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