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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第26回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1945-1989戦後編。

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【昭和史1926-1945】

日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

【第5回】 【第6回】 【第7回】 【第8回】

【第 9 回】 【第10回】 【第11回】

【第12回】 【第13回】 【第14回】

【第15回】 【第16回】 【第17回】



【昭和史1945-1989戦後編】

【第18回】 【第19回】 【第20回】

【第21回】 【第22回】 【第23回】

【第24回】 【第25回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社です。


第8章
朝鮮戦争は
”神風”であったか


ドッジラインで
インフラは抑制しましたが
デフレになりました。


これにより
高騰を極めていた
ヤミ値がいっぺんに下落しました。


結果的に
人びとの日常生活の経済は
いくらか落ち着いてきました。


昭和24年10月1日
毛沢東を指導者とする
紅軍(共産党軍)が
圧倒的な勢いで
蒋介石の国府軍(国民政府軍)を
打ち破ります。


南部の広東へ押しやられた
国府軍がどんどん台湾へ
逃げていくなかで、
新しい中国、
中華人民共和国の成立が
高らかに宣言されました。


アジア情勢がこうなって、
GHQの政策は、
昭和25年(1950)が明けると
共産党に極端に圧力が
かかるようになります。


職場や公社の党員はもちろんのこと、
共産主義に同情的であったり、
党に同調して活動する、
「少しでも赤っぽい奴ら」
はすべて追い出せ、
の方針を進めてゆきます。


「レッドパージ」
といいます。


昭和25年6月25日
朝鮮半島で大戦争がはじまりました。


戦闘準備不足の韓国側は
ソウルがあっという間に
陥落していまいます。


どんどん追い詰められ
南端の釜山周辺の狭い
橋頭保(きょうとうほ)にまで後退し、
そこをなんとか守っている状態です。


その時、マッカーサーが
「まともに兵力を注いでも無理だ。
裏側からやろう」
というわけで
昭和25年9月15日
的の背後を突く極秘の
仁川(インチョン)上陸作戦を
決行します。


これが当たって見事成功します。
ソウル奪還すると同時に
38度線を越え、


昭和25年10月20日
平壌を占領、


昭和25年10月25日
鴨緑江付近まで攻め入り、
北朝鮮軍を中国東北部へ
追いやろうとするまでの
勢いになりました。


ところが、ここまで来ると、
中国が北朝鮮の支援要請に応じて
人民義勇軍が参戦。
ソ連は武器、弾薬の援助をします。


米ソ冷戦の
「代理戦争」
をやらされたわけです。


昭和25年12月5日
北朝鮮が平壌を奪回し、
38度線まで兵力を押し返しました。
それからは一進一退、
戦争は膠着(こうちゃく)状態に
入ります。


そこで
昭和26年6月23日
国連が停戦交渉を提案。
しかし、応じません。


最終的には
昭和28年(1953)7月27日
板門店で休戦協定が調印され、
再び38度線をもって
国境とすることが決まりました。


日本にとっては
「神風」
でした。
特需です。


本来、GHQが日本に必要なものを
依頼し調達するのですが、
今回は政府を間に挟まずに
GHQが直接、
業者から調達する、
”特別需要”といわれました。


セメント、肥料、紙・パルプ
綿布、毛布、毛糸、建築用鋼材、
有刺鉄線、トラック、麻袋、
歯ブラシ、石鹸など
人間が使うものなら
GHQが買い上げてくれました。


軍需産業はやっていないので
戦車、飛行機、船舶は
ありません。


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昭和26年(1951)4月11日
突然、マッカーサー元帥が
トルーマン大統領により罷免された、
最高司令官をクビになったという
報せがラジオの臨時ニュースで
流れました。


どうやら、
朝鮮戦争が膠着状態に陥って
我慢できなくなり、
北朝鮮軍や中国人民解放軍へ
補給物資などを
徹底的にぶっ潰さなくてはだめだ、
原爆を投下すれば
いっぺんに解決する、
などと言い出していたのです。


トルーマンに罷免されます。


4月16日に日本を発ちました。
新聞やテレビは
名残惜しみ、実況中継し
その姿を見送りました。


昭和26年(1951)5月6日
米上院で外交軍事合同委員会で
ロング議員が
「日本とドイツの違いはどこにあるか?」
と聞くと、マッカーサーは(以下要約)
日本は何も知らないで失敗したのであって、
戦争に対する国民の意識も
ドイツとはまったく違う。
ドイツは確信犯であるが、
日本はまことに無邪気であった、
という趣旨のことを言ったようです。


これを日本では
間違って受け取って
「日本人十二歳説」
として新聞に出ます。
日本人は子どもだと言われたことに
怒ったようで
マッカーサーに対するイメージは
変わってしまったようです。



ここまで読んでみますと
共産党によって
中華人民共和国が成立し、
それにより日本では
共産主義に圧力がかかったこと。
朝鮮戦争によって
特需に沸いたこと。
マッカーサーが帰っていったことが
書かれています。


ドッジ・ラインによって
インフレはおさまり、
闇市の価格はおさまり、
生活は以前よりも
楽にはなったようですが、
(お金のない人は
結局買えず、変わらないようです)
デフレになってしまって
中小企業は倒産したり、
リストラがされたりしました。


デフレになると
安さ競争が起こります。


バブル後の日本は
安さを売りにしたものが
多く出ました。


結局、体力勝負になるわけですが、
疲弊していく中で
質や安全は低下していきますし、
そのしわ寄せは
立場の弱い末端にいきます。


日本で言えば、
非正規雇用、
会社間でいえば、取引先や
下請けや孫請けなどになります。


ノーベル賞で児童問題が
注目されましたが、
児童労働も
安さのしわ寄せのひとつです。


安い労働力として働く家庭は
生活が苦しいですので
子どもも働きます。
(あるいは人身売買)


そうしますと、
子どもは勉強ができません。


子どもが大人になっても
勉強はしておりませんので
知識はなく、
高収入の仕事に
ありつくことはできず、
低賃金の労働しかできません。


そこの家庭で生まれた子どもは
家計が苦しいですので
働くことになります。


そうしますと、
子どもは勉強ができません。


というように
貧困の連鎖になります。


児童労働は貧困だけが問題ではなく、
安さを求める企業にも
問題があるようです。


勉強しなければ
何も知らないわけで
搾取される側になるわけです。


知る知らないの差は
すごく大きいです。


知っていれば
その分だけ
選択できる方向性が
増えます。


自由競争の中にも
最低限の自由は
保障されるべきかも
知れません。


けれども、
質の低いものを
高い価格で買うことも
問題があります。


ということは、
低品質は排除される
方向になるのでしょうか。


ある程度の品質を求めるならば
ある程度の能力が必要となります。


社内教育、企業内教育が
重要性を持つようになる
ということでしょうか。


安さや低収入の脱却は
結局のところ
教育が大切、というところに
落ち着くようです。


現在の日本を見ていると
安さを売りにしていた企業は
厳しそうです。
長期的視野で見た場合、
安さを第一の優先順位に
持ってきてはダメのようです。


安いものは
単調で飽きますから。



朝鮮戦争の特需により
日本は息を吹き返します。
技術をアメリカから
学ぶこともでき
その後の高度成長の
始まりとなります。


朝鮮特需が起爆剤となった
と見ていいのでしょうか。


よく景気を戻すための
用語として
起爆剤という言葉が
使われますが、
これって
現在の日本の状況でも
通用することなのでしょうか。


高度成長期というのは
簡単に言ってしまうと
無いものを埋めるだけで
満たすだけでいいですので
誰でも出来てしまいます。
能力の差があっても
なんとかなります。


けれど、一通り満たされれば
買う必要性はなくなり、
作る必要性はなくなります。


よく、その当時日本では
付加価値なんて言葉を
よく目にしたり聞いたり
したと思います。
今ではすっかり
聞かなくなりましたけれども。


付加価値を勘違いして
不要な機能を
どんどん付け足したりしたものも
見かけましたが、
そういう時代になると
能力の差が顕著になり始めます。


今となっては
安いだけでは
あまり見向きされない
時代になってしまいました。


そして、
イノベーションという
言葉をよく見るようになりました。
いまいち、この言葉、
よくわかっていないのですが、
新しいものを
求められる時代となったようです。


つまり、
単純な仕事で
景気が戻るのは
難しい時代と
なったということでは
ないでしょうか。



こういう時代ですと
受け身の人は
なかなか活躍できる場面は
少なそうです。


与えられるのを
待っていたのでは
何も変わらないでしょう。


イノベーションなんて言葉を
見ていると
才能がある人だけの世界のように
感じてしまいます。



これはひとつの
価値観ですが、


継続して出来ることが
大事のように思います。


そのことが好きだったり
興味を持っていたりして
率先して自ら
行動できることですと
継続はしやすいでしょう。


好きであることというのは
案外大事です。



ちなみにですが、
この感想文でいろいろ
考えを書いておりますが


なにひとつ
新しいことは
書いておりません。


すべて、
過去にあるものを
書いています。


ちょっと、
応用はしましたけれども。


好きであることや
興味のあること。


これはすごい原動力になります。


例えば、クールジャパンと
言われるものもそうでしょう。


好きであるから
継続になり
継続は力になります。


小さな継続に勝るものは
ないと思っております。


ノーベル賞を見ても
みなさん、
継続している人たちです。


継続できそうな
興味のあるもの。


案外、答えは
シンプルなのかも
しれません。


続く。



【参考・出典】
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第27回

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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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