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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第25回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1945-1989戦後編。

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【昭和史1926-1945】

日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

【第5回】 【第6回】 【第7回】 【第8回】

【第 9 回】 【第10回】 【第11回】

【第12回】 【第13回】 【第14回】

【第15回】 【第16回】 【第17回】



【昭和史1945-1989戦後編】

【第18回】 【第19回】 【第20回】

【第21回】 【第22回】 【第23回】

【第24回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社です。


第7章
恐るべきGHQの
右旋回で……


まず、冷戦状態に入る
主な要因が3つ挙げています。


一、東西問題
戦後、ソ連は東欧つまり
チェコスロバキア
ポーランド
ハンガリー
ブルガリア
ルーマニア
に軍隊を入れました。
戦争中にドイツと戦うために
軍隊がそれらの国を通るのは
許されていましたから、
戦後もそのまま
駐留したわけです。
そしてソ連の大兵力の前で、
またソ連共産党の後押しを得て、
東欧諸国は次々と共産化し、
独立はしたものの
ソ連の衛星国と
なってゆきました。
米英はソ連を非難し、
対立が非常に厳しくなります。


二、ドイツ問題
ドイツが降伏して東西に分けられ、
ソ連管轄圏下にぽつんとあった
ベルリンは、
4ヵ国が分割統治するという
妙なかたちになっていました。
当初は、いずれ東西を
統合しようという話が
あったにもかかわらず、
だんだんこじれ、
ついにドイツは2つに
割れてしまいました。


三、原子力問題
アメリカは原子力を
国際的に国連で管理できるよう
働きかけます。
ところが、アメリカの
原爆実験が成功した直後から、
ソ連は原爆の開発を
はじめていました。
原子力を国際管理されるとなると、
下手をすれば自分たちは
核兵器をもてなくなり、
他の国の原子力も
国連がすべて押さえるならば、
アメリカの核独占状態となって
世界が一国支配に
なりかねないので、
ソ連は大いに反発します。


こうして米ソの対立は
非常に激しくなり、
これい以降の世界は
いわゆる共産主義陣営と
自由主義陣営に、
大きな意味で東西に分かれて
いくことになったのです。


IMGP1407.jpg


昭和22年7月
延安に押し込められた
中国共産党(紅軍)が
俄然、大兵力をもって
国民党に反攻を開始します。


国民党の蒋介石政権は
すでに腐敗しきっており、
さらに失策による
たいへんなインフレで
国民の支持が下落しきっている
時だったのです。


人びとはどんどん中共軍側に
くっついていきました。
こうして内戦が激しくなり、
中共軍がぐんぐん優勢になり、
国民政府軍が
いたるところで孤立し、
昭和23年(1948)夏ごろまでには
長江(揚子江)以北、
北京周辺、そして中央部の
南京や漢口など
主要地域が制圧され、
広東など南方のわずかなところに
退却した国府軍が
集結するよというように、
大陸の大部分が共産党の支配下に
入ったのです。


国民党を支援していた
アメリカにとっては
とんでもない話で、
アジアの親米安定勢力どころでは
なくなります。


アメリカは
たちまち中国共産党を
はっきり敵視した政策を
取りはじめるなど、
昭和23年の春過ぎからは
中国の行方が
アメリカの重大問題となってきます。
中国という
ものすごく大きな国が
共産主義陣営に加わってしまえば、
自分たちのアジア戦略など
吹っ飛んでしまうからです。


さらにもう1つ、
重大な変化が起きたのが
朝鮮半島です。


戦争中、日本軍は
アジアの至るところに
展開していましたので、
終戦の際、
日本本土の軍隊はアメリカ軍に、
シンガポールや
マレー半島の日本軍は
イギリス軍に、
インドネシアの日本軍は
オーストラリア軍に、
満州の日本軍はソ連軍
(のちには中国軍)に、
それぞれをどの軍隊に
降伏させるかが
決められました。


そこで朝鮮半島の
日本軍はどうするか
という話になった時に、
連合軍が話し合い、
38度線から
半分はソ連軍に、
南半分はアメリカ軍に
降伏することにしたのです。


同様のことは
ベトナムにも言えまして、
17度線を境に
北の日本軍はフランス軍に、
南の日本軍はアメリカ軍に
降伏することになりました。


ベトナムは今は統一されましたが、
ベトナム戦争が終わるまでは
南北に分かれていました。


朝鮮半島は完全に南北に
分断されました。
それぞれに政府が出来てしまい、
大韓民国と
朝鮮民主主義人民共和国が
できました。


アメリカ-ワシントンは
日本が講和条約で
独立する時に
共産主義陣営に走っていく
可能性だって
あるかもしれない、として
強圧的な占領政策を
これからは厳しくチェック
しなくてはいけないのではないか、
ということになったのです。


マッカーサーという人は、
身分は
「アメリカ太平洋陸軍総司令官
(後に米極東軍総指令官)」
です。


それは軍の組織でいえば、
大統領
陸軍長官
統合参謀本部議長(軍令)
参謀総長、
その下にあたります。


ところが本人としては、
同時に
「連合国軍最高司令官」
でもあるという意識が
ありますから、
ワシントンの命令通りに動いたり、
拘束される必要もなく、
独立してやりたいことが
やれるはずだと
思っているわけです。


ワシントンは煙たくて仕方がなく、
説得に手がかかるし、
これはもう放ってはおけない
というので
ついに動き出します。


昭和23年(1948)3月
ワシントンから国務省政策企画班長
ジョージ・ケナンが
特別の使節として来日し、
1日、5日、21日に
マッカーサーと会談して
ワシントンの意向を伝えました。
アジアの情勢を眺めれば、
アメリカとしては
日本に対するきびしい占領政策を
変えなければならない、
と以下のように命令したのです。


・改革や追放などをこれ以上進めないこと。
・日本の悪事をさらには洗い立てず、
 戦犯裁判(東京裁判その他)を
 早期に終結させること。
・日本国民の不満解消に向け、
 改革よりも貿易など経済復興を
 第一義的な目的とすべきこと。
・日本独立に向けた講和を視野に入れ、
 警察を強化する、
 また沖縄・横須賀の基地は確保しつつ、
 総司令部の権限をできるだけ
 日本政府に委譲すること。


対するマッカーサーは当初、
頑として聞かない態度でしたが、
やむなく
「沖縄の確保」
「経済復興重視」
「ソ連を除いた講和会議の可能性の容認」
については受け入れます。
ただし、再軍備への歩みなど絶対反対、
日本には憲法第九条に定められたところの
非軍事的平和国家という立場を
永続さえるのだとして、
その理由に以下の5点を挙げました。


一、アメリカの国際的公約
  「日本を2度と戦争を起こさない
   平和国家にする」
  に大いに矛盾し、
  これから独立しようとしている
  アジア各国がアメリカに不信を抱き、
  関係を悪くする。


二、これまでの占領政策の根本的な原則を
  放棄することになる。


三、人びとが食うに困っている
  日本の現状では
  独力で自衛すらできない、
  弱体に過ぎて再軍備どころではない。


四、再軍備となると武器製造など
  たいへんお金がかかり、
  日本経済には破滅的重圧となる。


五、日本人は平和憲法による
  戦争放棄を衷心(ちゅうしん)から
  支持しており、
  その意向を尊重すべきである。
  (衷心:心の底、中。)


こうして大喧嘩になりまして、
このへんからマッカーサーは
トルーマンに心から嫌われていくのです。


昭和23年1月
ケネス・ロイヤル陸軍長官が
ワシントンで行った演説では


「これからの日本を、
アジアにおいて共産主義の進出を
押し留める防波堤にする」


つまり日本をアメリカのアジア政策に
役立つ国家にする、
そのためにこれまでの
厳しい改革をゆるめ、
もっと健全な自由な国家に
していくということです。



昭和24年(1949)2月
デトロイト銀行頭取
ジョセフ・ドッジが
来日します。
彼は言います。


「日本経済は
竹馬にのっているようなものだ。
竹馬の片足は米国の経済援助、
片足は国内的な補助金の機構である。
竹馬の足が高くなり過ぎると、
転んで首を折る危険がある」


自立できず、
政府がなけなしの金で
面倒をみている日本経済は、
援助や補助金だけが
どんどん膨らんでしまえば
今に命を落とす。
したがって
まず援助や補助金をなくす、
そして自立に向けて頑張れ、
というわけで
昭和24年3月7日、
当時の大蔵大臣池田隼人に
迫るのです。


余分な労働者をどんどんクビに
しなくてはならなくなります。


行政整理、「定員法」によって
中央・地方公務員を
ある程度クビにし、
また各企業も民間労働者を
解雇していく方針でした。


そこで
外国為替統制の強化、
輸出増進です。


昭和24年4月23日、
円の為替レートが
「1ドル=360円」
に決められました。
このレートは昭和46年(1971)まで
続きました。


さて一方では、
ドッジ・ラインのもと、
どんどん”クビきり”が
はじまります。


転職可能な時代ではなく、
解雇即生活難です。
激しい闘争がはじまるのです。
国鉄が多くの整理をはじめ
事件が起きます。


「下山事件」「三鷹事件」「松川事件」


これで様々な人たちが
亡くなります。


戦後日本の混乱と、
ドッジ・ラインによってクビきりが
はじまったために
起きたとも言える事件でした。



ここまで読んでみますと、
冷戦、共産VS自由の構造について
書かれています。
そういった世界状況の中、
日本の占領政策にも
影響が出てきたようです。


日本は現在、
民主主義と社会主義が
混ざったような感じです。


日本独特で
様々な思想の歴史を持つ
日本ならではといいますか、
様々な思想が
日本流にアレンジされ
現在にいたっています。


株式会社だって
もとは海外の仕組みですが
日本でやると
日本式になってしまいます。


アメリカでは
利益のために行い、
株主還元を目的にしていますけれど、
日本はどちらかというと
人や何かに貢献することを
考えるのが
仕事をする動機ですので
(本音は別として)
株式会社も
人や何かに貢献することが先で
その結果が利益になり、
その利益は
会社に留保したり、
社員に与えたりして
その残りが株主に還元されます。


株主のために、
利益のためにするアメリカ式と
社会や人、
会社・従業員のためする日本式。


すべての会社がそうではないですが、
大ざっぱに分けると
こういう傾向にあったと思います。
今はどうなっているかは
わかりませんけれど。



ドッジ・ラインのことが
書かれていますが、
この時もリストラを
やっていたようです。
バブル後の日本を
思い出します。


援助、補助金も無くした結果、
日本の中小企業は
どうなったかというと、
倒産をして
日本社会は
デフレになったようです。


自立できるような
状態ではなかった
ということでしょう。


これは
小学生を突然路頭に放り出して
これからは
自分ひとりで稼いで
自分で生活していけ、
と突然言っていることと同じで
中には生き残るのも
いるでしょうけれど
たいていはダメになるでしょう。


成長には段階を
踏む必要があります。


けれど、
援助や補助金を
出し続けていたら
うまくいったでしょうか。


これもうまくいかないでしょう。


過保護というのは
成長する機会を
奪うようなものです。


甘えたまま、
成長せず、
依存した状態になります。


自立はできません。


そして、
補助金をもらうことしか
考えないような
状態になります。


自分のお金ではありませんので
本気にはなりません。


覚悟がないんです。


覚悟がないなら
やらないことです。


補助金を出すくらいなら
無利子貸付のほうが
まだいいのでは
ないでしょうか。


ベンチャーとかなら
また話しは別かも
しれませんけれども。



経済ついでですが
気になっているのは、
日本の大企業に
賃金上昇を
お願いしているようですが、
それは大企業の社員の
賃金が上がるということです。


大企業の社員が
どの場所に住んでいて
どこでお金を使うのか。
どういった物に使うのか。


それを考えれば
どこでお金が回るかが
想像できるかと思います。


大都市に住み、
その場所でお金を落とします。
ある程度、質の良いものに
お金を使います。


結局、大都市中心、
大企業中心にお金が回ります。
そこでしか回りません。


2極化した
自由競争、資本主義経済において
2極化を上位、下位と
わけるならば
上位経済圏でしか
お金が回らない状態に
なってしまいます。


1回、上位経済圏に
お金が上がってしまうと
なかなか下りてきません。


大都市に人が集まるのも
よくわかります。


ある方が言っていたことですが、


「お金というのは
お金のあるところに集まる。
だから、魚を釣るときに
魚がいるところで
釣りをしたほうが釣れるように
お金が集まるところで
商売したほうが儲かる」


ということを
言っていて
このことを知った時
私はお金に合わせて生きるのは
ちょっとできない、と思い
自分は金持ちにはなれないな、
と思ったものです。


経済価値以外にも
様々な価値がありますし、
そういったものも大事にしたい
という意識もありましたので。


お金というのは
仲間のいるところに
集まる性格があるのならば、
自由経済の中で
お金を自由にしたならば
一か所に集まろうとする
流れができることになります。


この話を知ってから
お金というのは
そういうものか、と思うと同時に
どこか違和感も感じていたのですが、
それがたぶん、2極化であり、
自由競争、資本主義経済の
最終形態かもしれません。


このまま自由にすれば
どんどんお金は
上位に上がっていき、
一点に集まっていくのでしょう。


下位経済圏がつぶれるような
時がきたならば
どうなるのでしょうか。


資本主義経済の
崩壊かもしれません。


革命のようなことが
地球規模で起こったり
するのかもしれません。


イスラム国にしても
スコットランドの独立にしても
理由のひとつに
格差があるでしょう。


あまりにもかけ離れた
格差というのは
問題を引き起こすようです。


これは
集団性を持つ
人間の感覚なんでしょう。
集団で生きることを
前程とした
生き物だからでしょう。


自由というのは
いいことと思いますが、
いきすぎた自由が
他の障害になったり、
虐げる結果になったり
する場合もある、
ということを
知っておく必要がありそうです。


続く。



【参考・出典】
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第26回

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