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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第22回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1945-1989戦後編。

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【昭和史1926-1945】

日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

【第5回】 【第6回】 【第7回】 【第8回】

【第 9 回】 【第10回】 【第11回】

【第12回】 【第13回】 【第14回】

【第15回】 【第16回】 【第17回】



【昭和史1945-1989戦後編】

【第18回】 【第19回】 【第20回】

【第21回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社です。


第4章
人間宣言、
公職追放そして戦争放棄


幣原(しではら)内閣で、
松本委員会が中心になって
憲法を改憲しよう、
いや明治憲法のままでいいんだ、
と議論している時、
GHQには、
諸外国から天皇の戦争責任について
追求されていました。


マッカーサーは
そのつもりはなかったのですが、
諸外国の声を
強引に抑えてしまうわけには
いきません。


アメリカでは
天皇の戦争責任について
揉めている最中で
マッカーサーは
なんとか天皇を法廷に
引き出さないようにする
いい手段はないかと
考えてしました。


そんなある時、
マッカーサーがつぶやくように、
侍医のエグバーグ中佐に
次のようなことを言いました。


「天皇の戦争責任を
免れさせるためには、
日本人の言う、
『天皇は神である』、
つまり現人神(あらひとがみ)である
という信仰を、
天皇自らが否定すれば、
連合国も歓迎し、
その戦争責任を追求する声も
いくらかはやわらぐのではないか」


これをエドバーグ中佐が
同僚や民間情報教育局(CIE)の
ハロルド・ヘンダーソン中佐に
話しました。


するとヘンダーソン中佐は
「いいアイデアかもしれない、
日本側でこれについて
考えてもらえれば」
と、友人でもある
学習院大学の英文学教授
レジナル・プライスさんに
意向を伝えました。
つまり、天皇が自ら
神格否定で発表できないだろうか。
GHQもそれを期待している、
というように話したのです。


プライスさんは、
その経緯を学習院の
山梨勝之進院長に話しました。


それからは
トントンと話が具体化していき、
アメリカがまず原案を作りました。


この英文があまりうまくなかったので、
英語練達の幣原首相が手を入れ、
さらにそれを翻訳する際に
山梨さんらが体裁を整えて
詔勅が出来上がりました。
肝心要の箇所を読み上げてみます。


「朕と爾等(なんじら)国民との
間の紐帯(ちゅうたい)は、
終始相互の信頼と敬愛とに
依りて結ばれ、
単なる神話と伝説とに寄りて
正ぜるものに非(あら)ず。
天皇を以(もっ)て
現御神(あきつみかみ)とし、
且日本国民を以て他の民族に
優越せる民族にして、
延(ひい)て世界を支配すべき
運命を有すとの
架空なる観念に基くものに非ず」


いっぺん読んだだけでは、
何を言ってるんだか
さっぱりわかりませんが、
要するに、
天皇陛下は神ではない、
日本民族が世界に冠たる
優秀民族であり
世界を支配する資格を
もっているというのも嘘である、
ということです。


昭和20年12月31日
閣議の決定を経て
英文訳の詔書が
GHQにもたらされたのですが、
折り返しまさにその日、
GHQからある指令が届きました。


それは今後教育において、
日本の歴史、地理、修身を
教えてはいけない、
これらの三課目を
廃止せよという命令です。


ちなみに
修身というのは
道徳教育です。



昭和21年1月4日
再びGHQより指令が届けられました。


「公務従事に適せざる者の
公職よりの除去に関する覚書」


公職追放です。


1月5日の新聞は、
「政界を粛清し、
日本を戦争に駆り立てた
人物を官、公職より追放すべき旨の
画期的な重大指令」
と大きく報じています。


早い話が、
日本の戦前のリーダーたちは、
この公職追放によって
全部クビになりました。


もともとポツダム宣言の中に、
戦争責任を追及された人は
公職につけないといったことが
書かれています。


マッカーサーの回想録を読むと、
必ずしも彼は
公職追放に賛成ではなかったものの、
連合諸国が強硬姿勢でもあり、
とにかく天皇陛下が
裁判にかけられたり
することのないよう、
すべてはその身の安泰と
引き換えの取引として
承認したと書いています。


追放内容ですが、


A項=戦争犯罪人
B項=職業陸海軍軍人や陸海軍省などの職員
C項=極端なる国家主義者
D項=大政翼賛会、翼賛政治会などの有力者
E項=日本の膨張に関係した
  金融機関・開発機関の職員
F項=占領地の総督や行政長官などの官吏


軍部はもとより、
とにかく日本の政界官界経済界の
主な人物は総退陣と
いっていい出来事でした。


昭和21年1月22日に
条例が公布
「極東国際軍事法廷」
いやゆる「東京裁判」です。


ABC各クラスに分けて
戦争犯罪人を摘発し、
裁判にかけます。


Aにあたるのは軍事指導者で
平和に対する罪を裁く
(これまでの国際法には
ありませんでした)


Bは通例の戦争犯罪人


Cは人道に対する罪


実際はB級戦犯とC級戦犯は
ごく似た部分もありますので、
BC級戦犯として
一緒に裁判されたと
言っていいでしょう。


A級の「平和い対する罪」
これには、
日本が野望を遂げようと
戦争を計画し、
強引にそれを実行した、
しかもそれは一人や二人による
仕事ではなく、
何人かが共同して計画を練って
世界戦争にもっていった、
という「共同謀議」の概念が
適用されました。


ですが、戦前の昭和史で
話したとおり、
日本にはそんな計画性をもった
指導者はおらず、
たいてい行き当たりばったりの
やってしまえ式で
進んできたのであって、
共同謀議などあり得ませんでした。


たしかにナチス・ドイツにおいては、
ヒトラーを中心とした共同謀議的な
戦争計画のもと、
オーストリア、ポーランドを併合し
ソ連に侵攻しましたから、
ニュルンベルク裁判では
これが表立って糾明されたのです。


しかし日本の場合は、
そんなことはならなかったにも
拘(かかわ)らず、
この新法令を適用すると
GHQが発表したものですから、
またここで大騒動になります。


共同謀議の中に、
天皇が入ってくるのではないか。


危惧されたのです。


連合国の強硬派は
天皇に戦争犯罪あり、と
声をあげます。
マッカーサーは
困り果ててしまいます。


結果的には、
マッカーサーは
揺れる気持ちを引き戻し、
天皇には責任はないんだ、
天皇をきちんと
置いておかねばならない、
という思いを新たにするのですが、
そう改めて決意を
固めさせたのが、
日本人からのマッカーサー宛の
手紙でした。


政治学者や小説家、
一般のかたから小学生まで
様々な手紙が
マッカーサー宛に届いていました。
天皇陛下のために
われわれ日本人は何でもやる、
というような声が高まっていた、
これが昭和21年1月の状況でした。


IMGP1407.jpg


その1月に、
非常に重要な一日があります。


昭和21年1月24日です。


この日、GHQからもらった
ペニシリンのおかげで
病から快復した幣原首相が、
そのお礼にマッカーサーを
訪ねました。


じつは、この時に
幣原さんとマッカーサーの
会話の中で、
今の憲法9条の基になる、
「日本は軍隊をもたない、
戦争をしない」
という平和への願いが
話されたというのです。


幣原さんが


「今後はこういう平和日本にしたい」


ということをマッカーサーに言い、
感動したマッカーサーが


「それはすばらしい。
原子爆弾などという
殺人兵器でもって
戦争を続けていれば
人類は滅亡する。
日本が率先して軍備を
全部捨て、
戦争をしないと
世界中に宣言するのは
たいへんすばらしいことだ」


と賛同し、
それを新しい憲法の中に盛り込んだ
とされています。


いや、逆に、幣原さんではなく
マッカーサーから言い出したのだ
という説もあります。


いずれにしろ
この1月24日に二人が会い、
これからの日本はどうあるべきか、
そして憲法について
話し合われたのは
どうも確かなんです。


秘書として働いた
大平さん(結婚して羽室さん)に
語った言葉を
彼女が記録したものが
残っています。
それによると、


「〔幣原は〕かねて考えた
世界中が戦力をもたないという
理想論を始め、
戦争を世界中が
しなくなるようになるには、
戦争を放棄するということ
以外にはないと考えると
話し出したところが、
マッカーサーは急に立ち上がって
両手で手を握り、
涙を目にいっぱいためて、
その通りだといいだしたので、
幣原は一寸(ちょっと)びっくりした。
しかしマッカーサーも、
長い悲惨な戦争を
見つづけているのだから、
見にしみて戦争はいやだと
思っていたのだろう」


一方で、
昭和25年(1950)春頃、
朝鮮戦争の直前ですが、
マッカーサーは来日した
アメリカの出版業者を迎えた
昼食会の席で、
こう得意気に話したといいます。
R・マーフィーという人が
マッカーサーのことを書いた
『軍人のなかの外交官』にあります。


「もしも将来、アメリカで
私の銅像が建てられるような
ことがあるとしたら、
それは太平洋戦争における
勝利のためでなく、
また日本占領の成功のためでなく、
日本国憲法第九条を
制定させたことによるであろう」



昭和21年1月25日、
マッカーサーは重要な手紙を
アメリカのアイゼンハワー参謀総長に
送りました。


「もし天皇を裁くとなれば、
占領計画は大幅に
変更しなければならないし、
したがって実際に訴訟を起こす前に
然るべき準備が戦備面でも
完了していなければならない。
天皇を告発すれば、
間違いなく日本人の間に
激しい動揺を起こすであろうし、
その反響は計り知れないものがある。
……天皇はすべての日本人を
統合するシンボルである。
彼を滅ぼすことは
国を崩壊させることになる。
……日本人は、
連合国の天皇裁判を
自国の歴史にたいする背信とみなし、
憎悪と怒りを、
予見しうるかぎり長期にわたって
永続させるであろう。
……まず占領軍を大幅に
増大することが
絶対に必要となってくる。
それには最小限100万の軍隊が
必要となろうし、
その軍隊を無期限に
駐屯させなければならないような
事態も十分にあり得る」


マッカーサーは
天皇を裁判にかけない、
その身は安泰だ
ということを明言し、
ワシントンに通告したわけです。


このことがわかっていれば、
日本はがたがた
大騒ぎしなかったのですが、
憲法作成においても
天皇の身柄が焦点となり、
すったもんだの議論が
起きるのです。



ここまで読んでみますと
人間宣言のことが
書かれています。


天皇は神というのは
軍部や一部の政治家が
政治的指導権を得るために、
天皇の絶対的権力を利用するために
神格化したものです。


昭和天皇は天皇機関説で
よいということを言っていました。


天皇が国家統治や
軍の総指揮を認めるけれど
政府が主体的に
立憲的に国家運用するという説です。


けれど、
天皇機関説や国体明徴の問題で
日本は軍国主義化しました。


宗教色が強くなると


神=正しい


ですから
それ以外の存在は
間違いなんだ、という
考え方、思想が
出来上がる傾向にあります。


そうしますと、
場合によっては
他の思想は排除することは
正しい行為と思うわけです。


目的と理由や信念が
確固たるものとなり、
突進していきます。


まわりは見えなくなります。



どの宗教にも属さない立場から
書かせていただきますが、


世界には
多くの宗教が存在します。


世界に多くの信者がいる宗教は
暴力で広がったわけでは
ありません。


暴力では億単位の人々が
信仰する宗教にはならないでしょう。


宗教と暴力は
過去にも
いろいろとありましたが
結局、暴力が起こるのは
宗教を利用している人たちが
裏側にいるからです。


本来、
その宗教思想に力があるのならば
暴力に頼る必要はありません。


暴力に頼らなければ
ならないような思想ならば
その思想の力は
弱いということになります。


暴力を使うことは
弱さを証明していることになります。


非暴力、非強制改宗。


これが宗教としての
最低条件ではないでしょうか。


そうでないと
広げることは難しいでしょう。


行動するまえに
その思想がどういったものなのか
自分で確認し、
理解する必要があるでしょう。



マッカーサーは
天皇陛下を裁判の対象にならないよう
いろいろと考えてくれた人のようです。


昭和史にも書いておりますが
天皇陛下は
実質的に指導できる立場にはなく、
軍部や一部の政治家が
主導したことですので
戦争責任はないこと、
天皇陛下が日本人にとって
とても大切な存在であること、
その存在に手をつけることは
再び、争いが起こること、
そういったことを
よく理解していたようです。


マッカーサーは
最高司令官とはなっていますが
昭和史を読んでおりますと
連合国やアメリカと
日本の間を調整する
中間管理職のような立場であり
苦労されていたようです。


マッカーサーが
そのような態度をとったのも
天皇陛下と会談して
好感をもったことが
大きいのでしょう。



幣原さんとマッカーサーが会って、
憲法九条、平和憲法について
話していたことは興味深いです。


結局、どちらが言い出したのかは
わかりません。


会話の内容を見ますと
この時、幣原さんは
理想論を語っただけで
日本の戦争放棄を
言ったわけではないように
読みとれます。
日本には戦争の意図は
もはや、ありません、
というアピールだったのかも
しれません。


マッカーサーは
幣原さんの言葉を
見逃さなかった、
ということかもしれません。


ここでの話しが
憲法九条の明文化に
影響を与えたということでしょうか。


マッカーサーは
昭和26年5月
上院の軍事外交合同委員会で


戦争をなくすることが
唯一の解決策で
憲法の条項に挿入する努力をする、
と幣原さんが言った


と話しています。


このことについて
著者の半藤さんは懐疑的で
マッカーサーは千両役者の
一面があって
憲法第九条の責任を
幣原さんに押し付けたのではないか、
ということを書いています。


交渉事において
マッカーサーのほうが上手
と言えるかもしれません。



戦争をしなくて済む国というのは
どの国も理想なのでは
ないでしょうか。
日本は多くの命の犠牲によって
戦争しないことを
手にしているのですから
大事にするべきでは
ないでしょうか。


続く。



【参考・出典】
昭和史1945-1989戦後編
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第23回

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