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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第13回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1926-1945。

IMGP1224.jpg


日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

【第5回】 【第6回】 【第7回】 【第8回】

【第9回】 【第10回】 【第11回】

【第12回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社です。


第十二章
栄光から悲惨へ、
その逆転はあまりにも早かった


日本の機動部隊が密かに
千島から出てハワイに向います。
奇襲をかけたいのですが
1907年(明治40年)オランダのハーグで
国際的に「開戦に関する条約」が
決められていて、
宣戦布告が必要となります。


国内ではいろいろとありましたが、
昭和16年12月8日午前2時30分
ハワイ時間では、7日午前7時
ワシントン時間、7日午前0時30分に
最後通牒を渡す予定でした。
ハワイ攻撃の1時間前でしたが、
軍令部の要望により
攻撃30分前に最後通牒が
手渡されることになりました。


通告文が作成され、
暗号文が組まれ、
ワシントンに送られます。


ところが、
大使館のミスにより
結果的に通告が
1時間遅れたようです。
日本が真珠湾を攻撃した
1時間後に通告が
手交されたのです。


アメリカはだまし討ちされたとして
対日戦争を決意し、
宣戦布告となります。


ただし、
ルーズベルト大統領は
攻撃してくることは
十分承知していたようです。


日本がワシントンへ送る
通告文の暗号は
どんどん解読されて
最終通告の解読に目を通した
ルーズベルト大統領は


「This means war」
(これは戦争ということだね)


と側近のホプキンスに言っています。


アメリカは
イギリスを助けて
ヨーロッパ戦争に参加し
ヒトラーのドイツを
倒したかったのですが、
宣戦布告する名目が
ありませんでした。


そこで日本に攻撃させれば、
日独伊三国同盟のドイツも
宣戦布告してくるに違いないと
思っていたようで
事実ドイツは、
日本より遅れて宣戦布告します。
これでアメリカは大義名分を得て、
堂々と第二次世界大戦に
加入できたわけです。


IMGP1225.jpg


真珠湾攻撃は成功します。
その後も勝利は続きます。
有頂天になります。


第一段作戦
ハワイ
イギリス東洋艦隊(マレー沖海戦)
シンガポール
フィリピン
蘭領東インド(インドネシア)


予想外に早く成功します。
東南アジアの
資源地帯のすべてを占領します。


ですが、次の作戦を
決めていませんでした。
長期戦は
考慮されていなかったようです。
そこで議論がはじまります。


もしもアメリカが
日本に反撃をかけてくるようなことが
あるとすれば、
豪州(オーストラリア)を
基点としてくるに違いない。
そうするためには
南太平洋を通って
オーストラリアへ
兵隊、資材、大砲、戦車などを
どんどん運んで
戦備を十分に整えてから
攻め上がってくることは
容易に予想できます。
したがって、
それを防ぐにはハワイから
オーストラリアへの
輸送路を遮断するのが
一番いいという意見が有力でした。


しかしそのためには、
日本の兵力をはるか遠くの
南太平洋にまで運ぶ必要がある。
そうした遠い南の島のどこかに
飛行場をつくらねばならず、
それからさらにその先の島へ
ということの繰り返しで、
日本の目は
南へ向いてゆくことになります。


ところが、
連合艦隊司令部は、
そんなに南へ進出することは
補給もたいへんだし
保持するのも難しい。
むしろこの際、
敵の残った航空母艦をぶったたいて
完全に制海権を奪い、
ハワイ占領を意図したほうがいい、
と大きく出ます。


敵の空母を叩くために
「ミッドウェー作戦」
が開始されます。


昭和17年4月1日
連合艦隊司令部が立てた作戦計画。


5月中旬 ニューギニアの
ポートモレスビー攻略作戦


6月下旬 ミッドウェー作戦


7月中旬 フィジー・サモア
攻撃破壊作戦(米豪遮断)


10月を目途にハワイ攻略作戦準備



昭和17年4月18日
アメリカによる東京空襲。


アメリカは
航空母艦の上に
陸上の爆撃機B25を載せ、
なんとか甲板から飛び立たせます。
戻って着艦できないので、
中国大陸まで飛んでいって
蒋介石の飛行場に降りる、
という作戦でした。


大した被害はなかったのですが
とにかく本土上空を
敵機が飛んだというので、
日本側は大騒ぎでした。


太平洋がガラ空きだから
攻められた、ということで
防衛線をつくっておかねば
また同じようなことになる。
ミッドウェー作戦を
具体的に考えたほうがいい、
となりました。



昭和17年6月5日
ミッドウェー海戦


日本 空母4隻
 VS
アメリカ 空母3隻


アメリカの奇襲攻撃を受けて
日本の4隻は全滅。
搭乗員多数戦死。
アメリカは1隻を失っただけでした。


日本は空母を9隻持っていましたが
正規空母は6隻だけで
あとの3隻は商船改造のもので、
防御は弱く、
積んでいる飛行機も少なく、
正規の空母に頼るところ大でしたが、
そのうち4隻が
海の底に沈んでしまったのですから
影響するところ甚大なものがあり、
連合艦隊の意気はいっぺんに
消沈してしまいました。


この戦いは
慢心と怠慢により完敗したとも
いえるようです。


南雲司令部は
敵艦隊の待ち伏せはないものと
信じ込んでいました。
連合艦隊からくどいように
言われていた


「敵機動部隊の出現を予期して
搭載機の半数を即時待機の
態勢にしておくように」


という指示を、
あっさりと無視していたのです。
だから、偵察機からの
「敵艦隊発見」から
なんと2時間近くも
攻撃隊が発進できない
不手際をおかすのでした。


日本海軍は勝ちに驕(おご)り
敵の航空母艦など
出て来ないと思い込んでいたのです。


戦後、著者の半藤さんは
当時の機動部隊参謀長、
草鹿龍之介(くさかりゅうのすけ)元中将に
会って話を聞いているようで
草鹿さんは


「驕慢(きょうまん)の一語に尽きます」


と言い、それ以上は
あまり語りたがらなかったのが
強く印象に残っているそうです。



ここまで読んでみますと
ミッドウェー作戦の
慢心と怠慢による敗北というのは
もはやここまでくると
いつも通りと申しますか、
調子に乗った結果、
警戒心を失い、
準備を怠ったということです。


宣戦布告を攻撃の1時間後に
行ったというのは
なんといったらいいか、
言葉もありません。


著書では
大使館の外交官たちの
怠慢ではないか、ということが
書かれています。
真相はよくわからないようですが、
駐米大使の野村さんと
外務省は仲が悪いですので
そのあたりが影響を
与えているのかもしれません。


意思疎通がはかれず、
仲が悪いというのは
組織としては
メリットを放棄するどころか
デメリットでしかなく
会社なんかを見ていますと
そういったところは
業績はあまり良くなく、
ミスが多発し、
すべての動きに
重りをつけているようなもので
組織としての能力を
発揮していません。
横のつながりを重視する文化ほど
その影響は大きいかもしれません。
組織の環境作りというのは
大事なようです。


今回の流れを見ていますと
アメリカというのは
なんとも、かけひきが上手です。
とても対抗できそうにありません。



これはなんとなく感じていることで
ございますが、
かけひきばかりしていますと
いつのまにか孤立するようです。


現在の各国のやりとりを眺めていますと
あまりにも露骨なかけひきが
目につきます。


かけひき、というのは
相手を動かして
自分の有利な方へと
導くやり方です。


相手を利用しようとする
やり方ですので
そんなことばかりしておりますと
信用されなくなります。


表面上は
つきあいもありますし、
経済面の関係もございますので
対応はいたしますが、
内面では警戒しています。


これでは相手を信用することができず、
協力関係を築くことは
難しくなります。


表面上のつきあいだけで
潜在的孤立状態を
つくることになります。


地球という
限られた空間で
行っているのですから
その国が他国に行った行為は
そっくりと自分に返ってくる
と考えてよろしいのでは
ないでしょうか。



それと最近知りましたが、
Gゼロという
世界のリーダーの不在、
アメリカがリーダーの役目としての
お休みをいただきたい、という
お話をうかがいましたが、
僭越ながら
感じていることを
書かせていただきますと


それは無理ではないでしょうか。


少しきびしく書かせていただきますと、
自己利益ばかり追求してきたつけが
ただ単に回ってきただけの
話でございます。


自己利益ばかり追求し、
敵を作り、
自分の役割を少しずつ
負担させることができる
他国を育てず、
利害関係を超えた
関係を作らなかった結果、
すべてを背負う形となり、
負担しきれなくなった
ということです。


自業自得でございます。


いろいろと手を出したけれど
手に負えなくなったので
放り出して
自分のためだけに費やしたい。


それは責任ある大人のやることでは
ございません。


その役目を負える国は
どこにもありません。


大変ご苦労おかけしますが、
引き続き役目を
続けるしかございません。
それしか現在のところ
選択肢は見つかりそうにありません。


ですが、
このままですと大変です。


各国が自分のできることで
世界に貢献する、という
意識を持たなければならなくなった
ということでしょう。


自分のことだけに専念できる権利は
発展途上国にしかなく、
先進国や大国とよばれる国々は
自己利益ばかりでなく、
他の利益も考え
安定と成長に寄与しなければならない。
それが結果として
自国の利益につながる、という
ことだと思っております。


地球という
限られた空間で
行っているのですから
その国が他国に行った行為は
そっくりと自分に返ってくる
と考えてよろしいのでは
ないでしょうか。


育てるというのは
育てる対象が成長するだけでなく、
自分も成長できるチャンスです。


その国の文化や
価値観に合わせた成長がありますので、
自国の価値観を押し付けるのは
よくありません。


成長する形、答えは
ひとつだけではなく、
各国それぞれにあったものがあります。


発展途上国が成長し、
世界に貢献できる状態にすることが
世界の利益とつながるのです。


次はどの国が勝つか負けるのか
という考え方から
世界各国が協力する時代へと
変化していくでしょう。


それはすでに各国民の中で
起こっています。
インターネットが
国境を無くし、
自己利益の時代から
共有利益の時代へと
変わっています。


それが結果として
未来の新しい利益を
生み出しています。


自己利益追求の時代は
少しずつその役目を終えようと
しているのではないでしょうか。


各国がいがみ合っている時では
ございません。
協力したほうが各国とも
負担は少なくなります。


そして、どの国も欠けては
いけないのです。


続く。



【参考・出典】
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第14回

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