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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第8回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1926-1945。

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日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第0回】

【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】

【第5回】 【第6回】 【第7回】


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社です。


第7章
政府も軍部も強気一点張り、
そしてノモンハン


ここでは
海軍中心の話や
国家総動員、ノモンハンの話です。


国家総動員のあたりから書きます。


近衛文麿首相が
中華民国の国民政府、
蒋介石を相手にしないことにして
日中戦争の和平機会を失い
戦い続けなければならなくなった
というのが前回の章までですが、
「蒋介石を相手にせず」と
明言した直後
昭和13年(1937)1月
議会に


「国家総動員法」


を提出します。


二・二六事件前に
陸軍の統制派が作った
「陸軍パンフレット」
の意見に乗っかって
作った法律です。


その内容は


国民を好き放題に徴用できる


賃金を統制できる


物資の生産・配給・消費などを
制限できる


会社の利益を制限できる


貿易を制限できる


などなど


戦争のために国民は
もっている権利を
いざとなったら
全面的に政府に譲り渡す
というもので
総力戦を戦える国防国家を
つくりあげるには
どうしても必要不可欠な
法律でした。


既成政党である
政友会、民政党は猛反対します。


たとえば、
条文の4条にある


「政府は戦時のさいし、
国家総動員上必要あるときは、
勅令を定むる所により
×××することを得る」


×××は文言が入っていません。
自由に何でも入れられるのです。


「一万人徴用する」


など入れることができます。


勅令は天皇の命令ですから、
政府は戦争を遂行するためには
いかなることもできるのだ、と
うたわれています。


政党側は
憲法違反だ、と
激論がはじまります。


昭和13年2月24日
最初の質問に立ったのは
民政党の斎藤隆夫代議士でした。


「日中戦争は予想外に拡大した。
こうなると、何に措いても
国防を強化せねば
ならないのはわかる。
が、これほど広範囲にすべてを
政府が委任する法律は
認められない。
これを逆に言えば
政府が勝手きままに
天皇の非常大権を制限する、
つまり大権干犯ではないか。
憲法では
国民の権利義務の制限は
議会の協賛を必要とすることに
なっているが、
この法案が通過すれば
それを無視して
政府があらゆることをやれることに
なってしまう」


という反対意見でした。


連日のように
雄弁な代議士が次々出て
議論をふっかけます。


近衛さんは
具合が悪くなったなどといって
休みます。


政友会、民政党も懸命に
法案に制限を加えようと
頑張ったのですが
社会大衆党が賛成にまわります。


昭和13年3月17日
社会大衆党の西尾末広代議士が
大演説します。


「~日本の進むべき道は
これであると
ヒトラーのごとく、
ムッソリーニのごとく、
あるいはスターリンのごとく、
大胆に日本の進むべき道を
進むべきであろうと
思うのであります。~」


「いまや世界は
個人主義より相互主義へ、
自由主義より統制主義へと
進展しつつある」


「歴史的使命を果たすために
いまや躍進しつつある
日本にとっては、
国防の充実が絶対必要である」


「労働者は労働をもって
国に報じ、
財力のある者は財力をもって
国に報ずるとの愛国心の
具体的表現と、
これを組織化し、
総動員法によらざれば、
今後の戦争に
勝利を博することは
できない」


昭和13年3月17日
「国家総動員法」ができ、
軍国主義化は進んでいきます。


昭和13年11月
近衛内閣は


「東亜新秩序声明」


を発表します。


「蒋介石を相手にせず」後、
日中戦争はもはや交渉相手が
いなくなりました。
そこで考えたのが
国民政府の汪兆銘(おうちょうめい)を
担ぎ出して新しい政権を作り
その新しい政府と交渉して
なんとか戦争を
解決しようという策です。


日中戦争は
アジアの安定を確保するための
戦いであって、
日本、満州国、汪兆銘政権の中華民国と
仲良く手を結んで
アジアに新しい秩序をつくるために
という大名目をつくり
意義のある戦争だと主張します。


その裏には
ヒトラーのナチス・ドイツの
「ヨーロッパ新秩序をつくる必要がある」
といった背景があり
これに連動して
東亜新秩序をつくろう、を
スローガンにしたのです。


今までヨーロッパの国際秩序に従って
やってきたのですが
「東亜新秩序」を発表したことは
アジアに新しい世界をつくるので
ヨーロッパやアメリカは
余計なおせっかいをするな、という
態度をとったことになり、
ヨーロッパやアメリカと
縁を切ったことを意味します。


雑誌ジャーナリズムは
東亜新秩序一色になります。


日本は世界から孤立します。


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ノモンハン事件が起きます。
昭和14年5月中旬から8月末、
満州西北部のノモンハンで


関東軍+満州国軍
 VS
極東ソ連軍+蒙古(モンゴル)軍


が大激戦をします。


満州は関東軍が守っているのですが
ソ連と大戦争が起これば大変になるので
できるだけ紛争を起こさないように、と
陸軍中央から言われていました。


けれど、中華民国のほうでは
戦争が起き、
次から次と勲章をもらったり
進級しているの見ていましたので
大いに不満でした。


関東軍は
国境紛争が起こったときの方針を
独自に決めていました。
そんなとき、ノモンハンで
国境紛争が起きます。


4千キロに及ぶ長い国境線ですから
紛争は以前にもありました。


日本とソ連とでは
国境線の認識が違いましたし、
遊牧民であるモンゴルは
国境という意識はありません。
ですから、国境をめぐる
偶発的紛争は何度も起きていました。
数字をあげますと


昭和11年 152回
昭和12年 113回
昭和13年 166回


となります。


関東軍が独自の方針をつくったあとに
起こった紛争を利用し
勲章欲しさもあって
第23師団が全力をあげます。


モスクワのスターリンをこれを好機とみて
戦力を投入します。
ここで日本を叩き、
アジアを落ち着かせてから
ヒトラーのナチス・ドイツに当たろう
という考えがあったようです。


国境紛争が
大戦争へと発展します。


結果、
日本側
58,925人出動に対し
戦死 7,720人
戦傷 8,664人
その他を含め合計
死傷 19,768人(約33%)
軍隊は30%やられたら
壊滅だそうです。


ソ連、蒙古軍
死傷 24,992人


死傷者だけみれば
日本のほうが少ないですが、
国境線は相手の言う通りになります。


ソ連は最新鋭の
戦車、重砲、飛行機を投入し、
日本は銃剣と肉体をもって
白兵攻撃で応戦しました。


ノモンハン事件研究委員会では


「戦闘の実相は、わが軍の必勝の信条
および旺盛なる攻撃精神と、
ソ連軍の優勢なる飛行機、戦車、砲兵、
機械化された各機関、補給の潤沢との
白熱的衝突である。
国軍伝統の精神威力を発揮せしめ、
ソ連軍もまた近代火力戦の効果を
発揮せり」


これに従って
精神力を鍛え
低水準火力の使い方を
向上させたほうが良い
となりました。


2年半後に
太平洋戦争が始まりますが、
敗戦確定した際に


「サイパンの戦闘で
わが陸軍の装備の悪いことが
ほんとうによくわかったが、
今からとりかかっても
もう間に合わない」


作戦課長であった
服部卓四朗大佐は言っているそうです。


ノモンハンで
すでにわかっていたことですが
日本陸軍は学びませんでした。


著者の半藤さんは


「日本人は歴史に何も学ばなかった。
いや、今も学ぼうとはしていない。」


としてこの章を結んでいます。



ここまでを読んでみますと


近衛文麿首相の


「国家総動員法」


を出してから
それが決まるまでの流れが
今起こっていることと
あまりにも似ていて
驚いています。


歴史は繰り返す、
という言葉は
ありふれていて、
いまいち実感はありませんでしたが、
まさか、
歴史を繰り返す時代に
立ち会うとは
思いませんでした。


国家総動員法も
憲法解釈変更によるものも
中国が起因となっています。


そして、あまりにも強引なやり方も
似ています。


理由も国防ですが
その裏側には
相手に勝つために、
という理由がありそうです。


本来、国防は
負けない力であって
相手に勝つ力ではありません。


勝つということは
勝つ相手、仮想国が
あることになります。


これは敵対を意味します。
敵をつくることになります。
関係を切る行為でもあります。


孤立した国が
どのような道を選択するのか、
その道を進めばどうなるのか、
日本は身を持って経験しています。


孤立する国をつくることは
戦争へ近付く可能性が
増えるということです。


孤立した同士
昔は日本とナチス・ドイツが
手を組んだように
今も孤立した国同士が
手を組んでいます。


武力による圧力は
敵を作ることですから
逆効果です。


そして、
「東亜新秩序」のように
一国がアジアの安定を
はかるような考え方は
リーダーシップという言葉で
ごまかされていますが
上下関係をつくることであり、
他国を支配するという
考え方です。


本来は参加するすべての国が
横並びでなければならず、
国力の差がある場合は
大きい方が
小さい方の下側に行って
支えなければなりません。


資本主義経済の影響もあり
勝ち負け、結果主義、
利益思考ですので、
だれもが有利なポジションに
つきたい、という考えで
行われています。


勝つということは
負ける相手が
いるということですから
こういう価値観のもと
やっていたのでは
戦いはなくならないでしょう。



話は変わりますが、
競争原理の利点は
より優秀なものが残ることにあります。
生物において
優秀な遺伝子を残し
生き残る確率を上げることは
種の存続、繁栄につながります。


けれど、
この競争原理が働くのは
全体のバランスが取れている時という
大前提の条件があります。


ある種の勢力が大きくなりすぎ、
捕食する相手がいなくなると
食べる相手がいなくなった種は
消滅します。
これは太古の歴史の中では
よくあることのひとつです。


勝ち負けの原理でやっていた場合
負ける相手がなくなったら
どうなるのか、ということです。
気がついたときには
手遅れでしょう。


競争原理を使うならば
戦う相手も成長してもらわないと
いけません。
相手がいないと戦えません。
理想は
お互いが尊重しあえるような
良きライバルがいることです。
スポーツを見ると
よくわかります。


どのような方法を取っても
結局、人間は
ひとりでは生きてはいけない
ということになります。


話が飛びましたが
近衛文麿政権が
出てこないことを
願っています。



ノモンハンでは
結局のところ
精神的な利益のために
戦禍を拡大させた、ということです。


勲章、
つまり褒められたい、認められたい
そのために戦った
というところでしょうか。


日本人はマイナス面に視線がいきやすい、
と書きましたが、
逆に言えば、プラス面には
視線がいきにくく
あきらかにはっきりと飛び抜けない限り
相手を認めることはしません。
あきらかに目に見える形になって
はじめて認識し、
それが正しいと思います。


その飛び抜ける証のひとつが
勲章でしょう。


それと
日本人はどうやら、
目に見えるものでしか
判断しない傾向にあるようです。
そして、目に見えるものは
信用します。


日本人の行動を縛る
最大の要因は


「人の目」


と書きましたが、
目に見えるものを
何よりも重視している
ということかもしれません。


目に見える頃には
すでに大ごとになっている失敗例


「場当たり的対応」


の要因は
見えるものでしか
判断していないところに
あるかもしれません。


これは


考えることをしない


ということでもあります。


見た目で判断し、
その先を考えない。


小さい火事だから
大丈夫という
先を考えない、
想像しない結果が
大ごとにつながるのと
同じではないでしょうか。


本当に大丈夫かどうか
考えなければならない
ところです。


小さいものは相手にしない
という傾向は
日本ではよくみられます。



ノモンハンのこともありますが、
日本人はなぜ歴史を学ばないのでしょうか。


目に見えるものでしか判断しないことから
現在を一番重視している。
今起こっていることを重視している。


マイナスの価値観があることから
失敗は劣っている、という見方がある。
だから触れたくない。


あとこれは
私が感覚的に思っていることですが


歴史は自分とは関係がない存在だから
歴史を学んで意味があるのかわからない、


という価値観が
過去の自分にあったような
気がしています。
歴史というのは
非現実的な物語を
読む感覚に近いかもしれません。


歴史を
過去のデータの蓄積されたものと
捉えるならば
データ、情報の扱いが下手であれば
歴史の扱いも下手かもしれません。
そこにどうしても
感情が入ってしまいますと
分析はできないでしょう。


なんとなくでありますが、
日本人は
実感のないものには
あまり興味を示さない
そんな感じがしています。


ですから
目に見える形
実感できる形
そういったところに繋げる
工夫が必要なのかもしれません。


続く。



【参考・出典】
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい【第9回】

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