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日本人は調子に乗るとダメになるらしい第3回、購入:ネットオフ、半藤一利:昭和史1926-1945。

IMGP1224.jpg


日本人は調子に乗るとダメになるらしい第0回
日本人は調子に乗るとダメになるらしい第1回
日本人は調子に乗るとダメになるらしい第2回


昭和史の内容の復習と
感想を書いています。
参考・出典はほとんど
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社です。


第二章
昭和がダメになったスタートの満州事変


張作霖爆殺事件で辞職した
河本大作のあと
関東軍の作戦参謀に
石原莞爾(いしはらかんじ)がなります。


石原莞爾は、
満蒙(満州と内蒙古)を
日本の領土にするにはどうしたらいいか、
ということを考えていました。


石原莞爾の大構想ともとに
参謀本部が考えたのは
いきなり植民地にするのは無理なので
満州に親日政権を樹立する。
そのために皇帝をおく。
のちに清朝の末裔の溥儀(ふぎ)が
なるのですが、
一応、独立国のかたちにして、
そのあと領有する。
これを実行するには
内外の理解が必要で
内とはマスコミをさします。
マスコミがうまく宣伝してくれないと
成功しないと意識していました。
参謀本部はマスコミ対策に力を入れ
新聞社、ラジオ、日本放送協会へ
働きかけをします。


そのころ日本国内では
満蒙問題が論じられ
当時満鉄の副総裁(のちに外務大臣)
の松岡洋右が満州問題を語り、
それが非常に流行りました。
それを受けて
強硬派の代議士、森恪(もりつとむ)が


「二十億の国費、
十万の同胞の血をあがなって
ロシアを駆逐した満州は
日本の生命線である」


といいました。


これがのちに
日本の大スローガンになります。
満蒙問題の解決なくして
経済的回復も繁栄もない、
政治上の争いも緩和できない。
日本の国民感情は満蒙の植民地化へ
向っていました。


IMGP1225.jpg


関東軍は満鉄の鉄道を爆破しようと
しておりました。
そうすれば関東軍は合法的に
出動できます。
(関東軍は鉄道守備のための軍隊です。)
張作霖爆殺失敗の二の舞に
ならないように慎重でした。


じつはこういった動きに
昭和天皇は詳細まで知らないまでも
なにかおきるんじゃないか、と
思っていたようで
陸軍大臣に「軍規を厳守せよ」と
牽制しており、
関東軍の中で作戦は決まっていたものの
実行するかどうかは迷いがありました。


柳条湖付近の鉄道が爆発。


板垣征四郎大佐は
第29連隊長と
独立守備歩兵第二大隊長を呼びつけ


「張学良軍の攻撃である。
奉天城、北大営を攻撃せよ」


と命令します。


ただ、この命令は独断であり、
大元帥(天皇)の命令なしで
下したのですから
「統帥権干犯」「陸軍軍法に基づけば死刑」
なのですが、
満州事変ははじまりました。


この奉天作戦のあと、
ハルビンまで進もうと
していたようです。


奉天についたあと
余計な攻撃はするな、と
中央から命令が届き
停戦しようとします。


すると板垣征四郎は
ハルビンがダメならば、
隣の吉林省に進軍してはどうか、
と言います。


石原莞爾も
吉林省は奉天を守るためにも
確保する必要がある、
と行動します。


日本国内では
朝日新聞、東京日日新聞(毎日新聞)が
関東軍擁護にまわります。
このダントツの部数だった2社と
ラジオとの報道競争となって
ラジオは臨時ニュースを流し、
新聞は「号外」を連発。
読者を煽っていきます。


一方、関東軍のほうでは
敵は満州全土で20倍以上あって
朝鮮軍に出てもらわないとならない。
(朝鮮は日本に併合されています。)
国境を越えて動かすには
天皇の命令がないと出来ません。
天皇は「まかりならん」の1点張り。


そんなことをしている間に
林銑十郎(はやしせんじゅうろう)司令官が
独断で越境命令。
混成第39旅団の兵1万以上が
朝鮮から満州入りをします。


知らせを受けた中央の陸軍は
たいへんなことになったと
あわてるのですが
閣議を開くことにしました。


そこで閣議決定。
特別軍事予算が朝鮮軍につきます。


天皇は


「戦争の拡大はまかりならん、
朝鮮軍の越境は認めない」


と言っていたのですが
若槻首相が閣議決定したことを
奏上します。


閣議決定されたことには
ノーと言えません。
やむを得ないと認可してしまいます。


新聞は朝鮮軍の満州出動を大々的に報じます。
この時から大衆が軍を応援しはじめます。
軍部は世論操縦に積極的だったのですが、
それ以上にマスコミが競って
関東軍擁護をした結果、
軍部側の宣伝機関と化してしまいました。
マスコミと国民は熱狂します。


昭和7年3月、満州国は建設されます。
本庄軍司令官以下、
三宅参謀長、板垣高級参謀、石原作戦参謀らが
東京に帰ってきますと、
万歳万歳の出迎えを受けます。


天皇は戦況報告を聞いた後


「聞いたところによれば、
一部の者の謀略との噂もあるが、
そのような事実はあるか」


本庄は
「関東軍は断じて謀略など
やっておりません」


天皇は
「そうか、それならよかった」


と言ったようです。


大元帥命令なくして
戦争をはじめたので
死刑のはずなのですが、
それぞれが出世をします。
「勝てば官軍」
ということです。


著者の半藤さんは


「昭和がダメになったのは、
この瞬間だというのが、
私の思いであります。」


と書いています。


ルール、決まりごとが
完全に破綻してしまいました。
そういった先例があると
やってもよい、と
いうことになって
自由にやり始め、
それは拡大します。


小さな一歩は
次の一歩につながります。


前回の
「統帥権干犯」により
軍令部に口出しできるものが
いなくなり、
手綱を締めるべき昭和天皇も
「張作霖爆殺事件」以後、
政府に口出しできなくなり、
軍の規律さえ無くなって
やりたい放題で、
政府を監視するべきマスコミまでも
コントロールされ
それにより民意までもが
変わってしまいました。


関東軍の暴走が
政府内、国民、天皇まで
巻きこんで、
最終的には勝ったので
良しにしよう、みたいな
ことになってしまいます。


ルール、決まりの根幹となる部分に
例外、特例を設けることは
破綻の前兆と
捉えてよいのかもしれません。
それをやってしまうと
都合のよく変えてもOKと
なってしまい、
形骸化します。


もっとも厳しいはずの
軍規ですら
きちんと守ることができなかった。
どうしてこうなったのでしょうか。


結局、いくらルール、決まりを作っても
それを運用するのは人です。


それと
日本人の行動を縛る最大の要因は
ルールではなく、


「人の目」


です。


人の目が届くところはしっかりとしますが、
見えないところは
ルールを守らなくてもいいだろう、
となってしまい、
自由になってしまいます。


ルースベネディクト「菊と刀」
でいうところの
「恥の文化」
となるのかもしれません。
(このあたりはきちんと
読んだことがありませんし、
解釈もいろいろあるようです。)


これは
ばれてしまうと恥ずかしいから
ルールを守る、社会常識、社会倫理を
遵守するということらしいです。
逆に言いますと、
ばれない場合は守らないことに
なります。
物事の判断基準は
自分ではなく、
その時代の世間一般の
価値観であり、
他人の視線ということに
なりますでしょうか。


私の場合、
物事の基準を人の目、
ばれるばれないでは
判断せず、
自分の中で判断していると
思っているのですが、
無意識でやっていることも
あるでしょうし、
このあたりは機会があったら
しっかりと向き合いたいところです。


日本人の評価方式は
マイナス面を
指摘することにあります。
そういった価値観も
「恥の文化」に
関係がありそうです。


これは時代や環境、
その時の価値観に
大きく左右されるルールです。
常に変化する時代となったいま
このルールも
いろいろ変化するのでしょう。
利便、効率の資本主義の時代、
経済という行動理由が
どのように影響していくのか、
ネットという新たな利便環境が
どのように影響してくるのか、
海外の文化、価値観が
より入りやすくなった今、
それらがどのように影響するのか。
日本人独特の倫理観や道徳観は
これからどのように
変化していくでしょうか。
平成は変化の時代です。


話を戻します。
関東軍、陸軍は
天皇の目、マスコミ、国民の目を
届かなくしてしまったことで
自由に行動することになります。


これから思うことは
人の目を届かなくなる
施策や行動を始めた時、
それは末期の症状と
捉える事ができるかもしれません。
うまくいっているときは
そんなことする必要がありませんから。



ハルビン進行がダメになったとき


「奉天を守るために」


という


「守るため」


という理由で吉林省へ向かう
その心理も興味深いところです。


正当性、理由がありますので
実行者の心に負担はなく、
むしろ、使命感が出来あがり、
原動力となってしまいます。


守るため、という理由で
許していたら
どんどん拡大しますので
慎重さが必要です。


守るためならなにをやっても良い
というわけではないのですが、
視野が狭くしてしまう
理由のひとつかもしれません。


昭和がダメになった満州事変。
それは、
決めたルールが破綻して
民意はコントロールされ
日本軍を
自由にさせてしまったところに
あるようです。


続く。



【参考・出典】
昭和史1926-1945
半藤一利
平凡社



【購入先】
ネットオフ
http://www.netoff.co.jp/index.jsp



日本人は調子に乗るとダメになるらしい第4回

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