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おたがいを知ることからはじまる、Eテレ:100分de名著、~お正月スペシャル~100分de幸福論 第三章哲学。

お正月、NHK教育(Eテレ)では


100分de名著 幸福論


というものが
お正月スペシャルとして
放送されておりました。
幸せって何だっけ
ということを各分野から
名著を持ちよって
探っていく番組です。


第一章 文学
島田雅彦(作家)


第二章 経済学
浜矩子(同志社大学大学院教授)


第三章 哲学
西研(東京医科大学教授)


第四章 心理学
鈴木晶(法政大学教授)


番組の感想と内容の復習をかねて
書いています。


第1章 文学 はこちら。


第2章 経済学 はこちら。


第3章 哲学


西さんが紹介する本は


ヘーゲル 精神現象学


哲学の本の中でも難解な本のようです。
専門家でも大変なのに、と思うのですが
西さんはわかりやすく説明してくれます。


私はこの章でも
はじめて知ることや
気付かされたことが多くあり、
たくさんのことを学びました。


ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
(1770.8.27-1831.11.14)
はドイツの哲学者です。
同時代には、
文学ではゲーテ、
音楽ならベートーヴェンがいます。


ヘーゲルの精神現象学は
19世紀の初めに出版されました。


ヘーゲルは
人間の精神が
どのように成長するのか。
個人の意識と
人類の歴史を
重ね合わせて
考えたようです。


「人類は個人が自由を自覚していく歴史」


だと言います。


昔は生き方は決まっていて
それぞれに役割がありました。


西さんは昔の日本を例にあげます。
農民の男の人は田畑を耕し、
農民の女の人はお嫁さんに行く、
というのがその時代の
決まった生き方でした。


けれど、
人々はそのような
決められた生き方から変化します。


「自分の生き方を決める」


と考え方に変わっていきます。



ここまでの流れを見ていますと
自由を自覚する前は
子供の環境と似ています。
親が保護者となって
すべてを決めているのと同じです。


けれど、生き方を自分で決めたいと
自由を意識するというのは
子供が成長して
自分(アイデンティティ)を持ち始め、
自分のことを
自分の判断と責任のもとに決める。
親から離れ
巣立ちしようとしている姿を
想像させます。



けれど、ヘーゲルは自由に対して


「自由は良いことだけれども
危ういところもある」


と言うのです。


ヘーゲルの前の時代は
自由は良いことだとされていました。
身分によって
生き方が決められている時代ですから
自由になることが幸せと
考えていた時代です。


けれど、
自由を追求していくと


「孤独」


になります。


いままでのつながり、
つまりは社会の束縛を切って
自由になるのですから
わずらわしいことはなくなりますが、
人とのつながりがなくなるのですから
その分だけ孤独になっていきます。


自分だけの生き方を追求すれば
どんどん孤独になっていきます。


社会や世間と協調をせずに
自分だけのスタイルを貫くのですから
新しいことなのでしょうが、
合わなくなっていきます。


「人は孤独になると
生きる意味が
分からなくなる」


と言います。


自由になって
ひとりになって
束縛から解放されたけれど、
何をしたらよいかわからない。


そのうちに
自分はどんな存在なのか
何のために生まれてきたのか。
何のために存在するのか。
孤独の中、そんなことを考えるでしょうか。
どうやって生きていけばいいのか。
何のために生きていきていけばいいのか、と。


人は人と関わりながら
やることを見つけます。


自由になっても
新たに人とつながっていくことを
見つけなければならないようです。


よく、


人は独りでは生きていけない


といいますが、
それは心の仕組みが
そうなっているからなのでしょうか。
みんなで生きることを
前程とした生き物なのでしょうか。



人と関わることについて
そのポイント、心の仕組みを
西さんは教えてくれます。


人には
自由に生きたいという


「自由の欲求(わがまま)」


ともうひとつ、
人から認められたという


「承認の欲求」


があると言います。


そして、この欲求は矛盾します。


人とのつながりを切って
自由に生きたいけれど、
つながりを切った側に対して
認められたいと思うのです。


この2つの矛盾する欲求。
共通することがあります。


それは


「自己価値を確認したい」


ということです。


自由に生きたい自由の欲求は、
自由に生きること、
自分で決めることによって
自分の価値観を確認したい。


人から認められたい承認の欲求は
他者から認められることによって
自分の価値観を確認したい。


自分の内側と外側から
自己価値を確認したいのです。



この


「承認欲求」


初めて知った言葉ですが、
この言葉のおかげで
私は少し楽になりました。
自分の心の中で
おこっていることのひとつに
承認欲求というものが
存在しているのだと、
仕組みがわかったことで
どこか素直になれた、といいますか、
それは当たり前の
心の変化なのだと。
自己価値を認める
欲求の矛盾からおこる
心のストレスも
この仕組みが原因だったのだと
わかったことで
過去の自分が苦しんでいた時の
理由もわかりました。



こういった
自己価値を確認したい意識は
段階的に成長するそうです。



意識の成長過程その1
生死をかけた承認の戦い



生死をかけたというと
ちょっと怖いイメージですけれど
西さんはケンカに例えて説明してくれます。


小学校に入って
知らない子供たちが集まる中、
自分を認めさせるために
子供たちはケンカをします。


自分を認めろ、とケンカをして
勝った方は親分になり
負けた方は子分になる。


勝ったほうは
自分は強い、と
自ら自己価値を確認できます。


負けた側からも
その強さを認めることになりますので、
承認欲求による自己価値を確認できます。


自分からも他人からも
自己価値を確認できますので、
勝った側はどちらの欲求
自由の欲求、承認の欲求を満たされ、
自己価値を確認できるわけです。


「人は戦って勝ちたい」


つまり


「人間には競争的な本性がある」


と言います。


スポーツ競技がわかりやすいかと思います。
勝ち負けがはっきりして
勝った方は素直にうれしいし、
負けた方がくやしいわけですが、
スポーツで勝つことは
自由の欲求と
承認の欲求を
同時に満たして
自己価値を確認できるからです。



意識の成長過程その2
自分だけの価値の追求



自己価値の確認のために
競争をしているわけですが、
途中から、競争をやめてしまいます。
競争をしていることが
アホらしく思うようになります。


これでは
競争の奴隷だ、と
気がつくわけです。


人から認められたいから
競争の奴隷になってしまうのだから
競争をやめて
自分で自分を認めてしまえばいい、
と思うようになります。


承認欲求を放棄して
自分で自己価値を
決めてしまうようになります。


これを


「ストア主義」


と哲学では言っているようです。


このストアというのは
ストイックの語源にもなっています。
名誉、出世に興味はなく、
禁欲を重んじる考え方のようです。



私は、
過去の自分にもあったあった、と
思い出しながら、
心の仕組みはそういうことに
なっていたのか、と
納得しながら見ていました。


(以下のことは
競争そのものを否定するものでは
ありません。)
競争してばかりいると
競争することに疲れてくるのです。
うんざりしてくるのです。
比較して、相手よりも優れているとか
劣っているとか
自分を知るために
いちいち、相手と比較して
判断していることが
バカらしくなってくるのです。
比較しないと判断できない、というのは、
自分を自分で判断できないのと
同じです。
自分というものを
相手と比較によって形成しているようで
それは結果的に、
他人によって自分が作られているようで
嫌なのです。
(※のちにこの考え方、価値観は
変化するのですが、
今の段階ではそのような考え方でした。)
しかも、優劣をつけて
自分はあれよりも優れていると
相手を踏み台にして
優越感に浸る自分が
浅ましく見えてくるのです。
相手が劣っていると見下すことによって
自分を保とうとしていうようで
嫌になってきます。


比較することに
興味がなくなって
自分が良いと思ったら
それで良いではないか、と
思うようになります。


自分なりの目標を作り、
次々と更新していって
自分を高めていこう、と
思うようになるのです。
孤高を目指すようになります。
(孤高:俗世間から離れて、
ひとり自分の志を守ること。)


これが結果として
独自の世界観につながり
魅力的になる場合もあったり、
新しい発見につながったりするのですが、
その人の作った山(価値観)が
あまりにも険しすぎて
だれもついていけず、
登ることができない場合もあります。


このような考え方は
その人がどのようなものを
目指しているかによって
わかれるところです。


世間とあまり接することなく
独自の道を行ったほうが
よい結果を生み出すものならば
こちらの道が良いかもしれません。
一部の良き理解者たちにめぐり会えれば
その道のりは進みやすくなるでしょう。


もっと多くの人に広めたいと思う人や
価値観を共有したいと思う人は
この道は合いません。
次の段階に進んだほうがいいでしょう。



意識の成長過程その3
普遍を求める意識の誕生



最初は個性第一主義でした。
個性の実現、表現することが
大事だと思っていました。


けれど、自分だけが認めていた世界を
やっぱり、他人にも認められたい。
そういったものを作りたい、と
思うようになります。


おさらいしますと、
最初は競争によって
自己価値を確認していました。


つぎに
競争には飽きて、
相手から認められることを捨てて
自分だけの価値を築きあげます。


けれど、
その築き上げた価値を
世間に問いたくなる、ということでしょうか。


これは
自由による欲求は捨てていません。
自分の価値を自分で作っています。
相手からの承認も否定していません。
いつか誰かが認めてくれるだろう、と
思っています。
その価値をわかってくれるだろう、と。


西さんは砂山を例に説明してくれます。


砂山を作って
自分なりに満足しているのですが、
ふと、となりで作られている砂山を見ると
自分よりも立派な砂山を作っていることに
気がつきます。


そこで、
その砂山よりももっと立派な砂山をつくり
その人に認めさせたい、と思うようになるのです。
自分も他人も認めるもの、
これが本当に良いもの、というものを
ときには批判、指摘しながらも
作りあげていこうと思うようになる、と言います。


これを


「普遍性を諦めない意識」


と言います。


普遍性とは


いろんな人が納得すること、


を言うようです。


自他が認める価値をいっしょに作っていく意識
ということになります。


ヘーゲルの精神現象学の一節です。


「魂は次々と段階を遍歴してゆき
それを歩み尽くしたとき
自分の未来の姿を知るのである」


その時、
「意識」が「理性」へ
変化するようです。


西さんは砂山で説明してくれましたが、
その話を聞いた
番組進行の伊集院さんは別の例えで
話してくれました。


オタクが
コレクションを集めて
自分だけで満足していたけれど、
しだいにそのコレクションを
人に見せてみたくなる。
これに近いようです。


心理学の鈴木さんは言います。


「人は独りでは生きていけない」


「自分はひとりではできない」


「人は他人を必要とする」


自分という存在は
常にまわりから影響を受けながら
生きています。


自分は自分で
作りあげているようで
実はそうではなく、
環境によって、
他人によって、
影響を受けることで作られ
その結果が今の自分です。
その環境を選択するのは
自分なのですが、
その選択する意識を
作りあげているのは
過去の環境の影響、
ということになります。


経済学の浜さんは言います。


「共有、競争、承認がなければ
人ではなくなる」


「一人だけの幸福の継続は難しい」


「人間は他者によって
人間たらしめている」


結局のところ、
何らかの形で人と接していなければ
人を維持することはできないのかも
しれません。


一瞬の幸せはあっても
継続的な幸せはひとりでは難しく
集団で共有、共感していかなければ
続きそうにない、ということのようです。


このヘーゲルの考え方は
仕事をする人の路線だと言います。
働く人の考え方に合っているようです。


お互いに価値を確認し
ときには指摘をして
本当に良いものをいっしょに
築きあげる。


けれど、
今の時代、
価値を確認し合うことを
しているのでしょうか。


日本では空気を読むということで
相手を気遣っている、
尊重しているように思っている人が
いるけれど、
その結果、相手がわからないから
関係は良くならない
と西さんは言います。


「本当の尊重は、
ちゃんと確かめること」


相手を知ることが
相手を尊重することだ、と言います。


西さんは
過去の教え子が書いた卒論「幸福論」の
内容を話してくれます。


いろいろな立場の人に
幸せについてインタビューをしたそうで
幸せを感じた時はどういう時か、と
聞いて回ったそうです。
その聞いた内容で
共通していたことがひとつだけ
あったそうです。
それは


「大事にしてくれている、ということが
伝わったとき」


だと言います。
そういうときにみんな幸せを感じたといいます。


ヘーゲルの話は
仕事路線でしたけれど、
仕事抜きで考えた場合に
結局、愛なんかじゃないか、と
西さんは言います。


最後に西さんはフリップに


幸せとは


「ほんとうを確かめあうこと」


である。


と書きました。


ひとりだけの幸せを
継続するのは難しく、
みんなで共感や共有していかないと
幸せの継続はできず、
それをするためには
おたがいを知る必要がある、
という流れみたいです。


最後に名言集がありましたので
書いておきます。


一つの難しい事柄に取り組み
そこに自分の全てを注いでいる人は
幸せである。
(アラン「幸福論」より)


国王であろうと農民であろうと
自分の家庭に平和を見出せるものが
もっとも幸せである。
(ゲーテ「タリウスのイフェゲーニェ」より)


幸福というものは
ひとりでは決して味わえないものです。
(アルブーゾフ「イルクーツク物語」より)


人生におけるこの上ない幸福は
自分が愛されているという確信である。
(ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル」より)


つづく。



100分de名著
Eテレ(NHK教育)
水23:00-23:25 (再)翌水5:30-5:55,12:25-12:50
http://www.nhk.or.jp/meicho/
~お正月スペシャル~100分de名著 幸福論
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/2014special/

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Author:ウシポニ

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