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しあわせのかたちは人それぞれ、Eテレ:100分de名著、~お正月スペシャル~100分de幸福論 第一章文学。

番組のタイトルから
今回は見るのをやめようかと
思いました。


「幸福論」


幸福、という言葉。
それを難しそうにする、論。


どこか宗教の雰囲気があって
近寄りがたいといいますか、
幸福なんて言葉、
使う機会も見る機会もありません。
もちろん、考えることもありません。
しかも、幸福とはこうだ、と
押し付けられそうで
どこか嫌悪感さえ感じてしまうのです。
それはたぶん、
布教活動のために各家々を訪問し
チェーンをかけたドアの隙間から
様子をうかがい、
冊子を手に
私の心の弱さをさぐりながら
自分たちの世界を押し付け
引き込もうとする
勝手なイメージがありまして、
どうも、幸福という言葉に
変なイメージがあるのです。
幸福という言葉を使って
押し付けられるのはうんざりなのです。


けれど、
いつも見ている番組だけに
信頼していることもあり
見ることにしました。


結局のところ、
より生きやすく、
より人生を歩みやすく
なるためのお話だったのだと
思います。


何かが変わるわけではありません。
けれど、
変わるきっかけのきっかけぐらいには
なるのかもしれません。
自分を知る手掛かり、ヒントはありそうです。


今回は
番組の感想と内容の復習をかねて
残しておこうと思います。



お正月、NHK教育(Eテレ)では


100分de名著 幸福論


というものが
お正月スペシャルとして
放送されておりました。


100分de名著という番組は
毎月1冊の本を取り上げ
専門家を呼んで
その本を読み解いていき、
その本からいろいろなことを学んでいこう、
という番組です。


1回の放送は25分で
4回で100分ということになります。
今回は、その番組のお正月スペシャルです。
文学、経済学、哲学、心理学。
各分野の専門家が
それぞれが幸福とは?
というテーマに基づき
本を持ちより、
幸せを探っていきます。


第一章 文学
島田雅彦(作家)


第二章 経済学
浜矩子(同志社大学大学院教授)


第三章 哲学
西研(東京医科大学教授)


第四章 心理学
鈴木晶(法政大学教授)


ここでのお話は
瞬間的な幸せではなく
人生という尺度で考えた場合の
幸せであり、
各分野の専門家たちから見た
幸福論です。


幸せなんて
向き合って考えたことなどありません。
考えてこなかった、というのは
幸せだったからなのか、
それとも考える状態になかった、
それ以前の問題だったのか。
あるいは、考えること向き合うことから
避けてきたのか。


幸せになるために生きることを
目標に掲げたことはない、と
思っていたのですが
目指す生き方があって
それを目指すことが幸せならば
そうなのかもしれません。


各分野に入る前に
哲学の西さんから幸福論について
述べておりました。
哲学における幸福に対する考え方が
それぞれの時代で
どのように変化していったのかを
簡単に説明してくれます。


「人間の活動は
最終的には幸福を目指している」


という言葉が出てきます。
これは、古代ギリシャ時代の哲学者
アリストテレスの言った言葉です。
2,300年以上前の言葉です。


その言葉の前に
不幸を目指しているわけでは
ありませんので
そういうものなのか、と思う程度です。
お前たちは幸福を目指しているのだ!
と言われているようで
はっきりと言葉にされると
はい、とも、いいえ、とも言えず、
黙ってしまいます。


古代ギリシャ時代以降、
哲学の世界では
幸せのことについては
出てこないようです。


近代哲学においては
幸せよりも


「自由」


が問題となっていたようです。


18世紀では
(古代ギリシャから
2,000年くらい飛びます。)
身分、村、家族のしきたり、おきてが
きびしい時代です。
身分によって
あらかた生き方は決まっていました。
ですから、


「自由に生きたい」


と人々は思っていたようです。


自由になることが幸せだと思っていたのです。


19世紀末になりますと


「幸福論」


が登場します。


哲学の世界で
三大幸福論というものがあり
ヒルティ、アラン、ラッセルの幸福論が
あるそうです。
どれも19世紀末から20世紀初めにかけて
出てきます。


自由を手にした人々。
自由になったけれど、
どこへ行けばいいのか。


自由が幸せと思っていたけれど、
自由を手にしてみると
どうしたらいいのかわからないのです。
そこで幸せって何だろう、と
向き合うことになるのです。
幸福論もそんな時代に呼応するように
登場します。


この時代になりますと
経済も発展し、
お金の動きが自由になり
村や家族という集団でないと
生きられない時代から
単身でも生きて行くことが
できるような時代になったために
現れた課題なのでしょう。


自由は目的ではなく、
手段でしかないということです。


定年後のお父さんたちみたいに
会社から拘束されていた
時間が解放されて
自由に使えるのに
何をやったらいいのか困ってしまって
もてあましている姿をみれば
わかるかもしれません。


自由は使う側次第であり、
目的なき自由は
もはや自由とは言えないのかもしれません。



第一章 文学


島田さんが取りあげる本は


井原西鶴 
好色一代男、好色一代女


井原西鶴という人は
江戸前期に活躍した人です。
好色一代男は41歳に出した作品で
当時、大人気の作品だったようです。


好色とはその名の通り、
女遊びのことであり、
一代とは自分一代かぎりで
後継ぎのないことを言います。


好色一代男は、世之助という
裕福な環境に生まれたひとりの男性が
財産の全てを自由気ままな生き方に
すべてつぎ込んで
あれこれと好色に明け暮れるさまを
描いたもので
源氏物語の54帖の物語を模して
54年間の好色遍歴が書かれた本です。


当時の庶民からしましたら
自分には出来ないような生き方をした
世之助の姿はうらやましく、
大人気となりました。


関係を持った女3,742人男725人。
男というのは少年のことのようです。
父親の遺産25,000両を譲り受けて
使いきれないほどのお金を持ち
自由気ままに生きた世之助。


こういった本を
幸福論に持ってくるところが
作家らしいのですが、
番組の中では
当然といいますか、
それは幸せなのか、という雰囲気になります。
むしろ、逆なのではないか、と。
そこであれこれと論じるところとなり
幸せとは?ということを
その場に投げかけ
視聴側にも投げかけることなります。


この章に入る前に
冒頭で触れた
幸せと自由の流れが
ありますので、
自由に生きた世之助は、
幸せなのか、
ということになります。


この章の会話で
印象に残ったのは
心理学の鈴木さんが言った


「欲望は満ち足りることはない」


という言葉です。


慾で行動することは、
自分のために
行動することです。
慾のために行動をしても
満ち足りることのない
ザルのような器に
水を注ぎ入れているのと同じく
瞬間的には満ちても
すぐになくなり、
また満たさなくてはなりません。
慾のためだけに行動するのは
慾の奴隷とも言えるかもしれません。


世之助からしたら
その生き方が不幸とは
感じていないでしょう。
その道を極めるために
自分の人生を
そのためだけに全てを注ぎ
生きているのですから。
無目的に生きているわけでは
ないのです。


人生をかけて
やることを見つけた人は
幸せなのではないでしょうか。


世間からしたら
世之助の生き方は
幸せには見えないかもしれません。
世間一般的な標準的な理想と
比較してしまうと
あきらかに外れています。


番組進行である伊集院さんが
他人の幸せを否定することで
自分の幸せを守ることができる、というような
ことを言っておりました。
ああ、なるほど、と納得させられました。


世之助はそれはそれで
幸せな人生だと思うのですが
ただ、やはり、
慾の奴隷になって生きるのは
私はしんどいです。
そのようなエネルギーはありません。
世之助の無限のエネルギーには
驚くばかりです。


次に好色一代女です。
好色一代男の女バージョンです。
男と女では幸せの定義が違いますので
女性バージョンにも触れて
その違いを見ておこうというものです。


女性の幸せというと
結婚が出てきますが、
一代女ですので
結婚、子供は外れます。
結婚以外で、となりますと、
仕事があげられます。


彼女は
生まれ持った美しい容姿があり、
才能もあり、頭も良く、
才色兼備なのですが、
プライドが高く
それが災いして
職業を転々とします。


その当時の女性の職業の全てを
経験しているのですが
ただ、その職業の幅は狭く、
全てが女性という特徴を活かした
職業です。


接客、芸能関係、
売春といった風俗関係、
側室も経験していますし、
代筆なんてこともしています。
遊廓では太夫(遊女の最高位)を経験しているのですが、
最終的には街頭で売るようなこともしています。


好色というテーマで
描かれている話しですし、
作者が男性ということもあって
こういう流れになっているのだと
思うのですが、
(時代的にも女性の立場は
弱いのではないでしょうか。)
今回の幸福論で言いますと
こちらも幸せなのか?と
疑問を持ってしまうところです。


彼女も世之助同様
好色のために生きた人のようで
我慢や妥協をせず、
自分を貫き通した人です。
そういったことでは
幸せだったのかもしれません。


彼女は転落した結果、
独自の境地にたどり着きます。
そこに行きつくことができれば
幸せと言えるのかもしれません。


最後に
幸せとは
○○である。
とフリップに書いて章を終えるのですが
島田さんは


幸せとは


「断念ののちの悟り」


である。


と書きました。


「挫折は恐れるに足りず」


と言葉を添えて、
第一章文学は終了です。
挫折は幸せの糧と言えるでしょう。
人を強くしてくれます。


次の章に入る前に
名言集がありましたので
書いておきます。



結婚して幸せになれるかどうかは、
まったく時の運である。
(ジェーン・オースティン「高慢と偏見」より)


幸福とは、幸福を探すことである。
(ジュール・ルナール「日記」より)


幸福とは、蝶のようなものだ。
追い求めている時には
掴もうとしても逃がしてしまう。
しかし静かに座っているときには、
おのずから近寄ってくる。
(ナサニエル・ホーソーンより)


ほんとうにどんなつらいことでも
それがただしいみちを進む中でのできごとなら、
峠の上りも下りもみんな
ほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。
(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より)


つづく。



100分de名著
Eテレ(NHK教育)
水23:00-23:25 (再)翌水5:30-5:55,12:25-12:50
http://www.nhk.or.jp/meicho/
~お正月スペシャル~100分de名著 幸福論
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/2014special/



第二章 経済学 はこちら。

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