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燃える舟っこvol.6、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。

前回記事
燃える舟っこvol.1、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。
燃える舟っこvol.2、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。
燃える舟っこvol.3、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。
燃える舟っこvol.4、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。
燃える舟っこvol.5、盛岡市北上川明治橋、舟っこ流し。

ブログ20100823 060
なにかを背負って歩いていく消防の人。


ブログ20100823 062
その先には、あれ。
運動会の玉入れかごみたいなのが燃えている、あれ。


ブログ20100823 063
投げ松明。
子供たちが松明をグルグルと回して、
かごめがけて投げる。
で、かごに入ると、
かごにつめてある藁かになにかが燃えるというもの。


ブログ20100823 065
南部家が甲斐国由来であることから山梨との交流が起こって、
最近行われるようになったらしい。
あの、大きなかごが燃やすのは
仏さんが迷わないように、とか。
送り火みたいなものか。

で、先ほどの消防の人。
あれは、
背負った中に水が入っていて
手動で消化する道具のようで、
投げ松明が下に落ちて、
投げ手が新しい松明に交換するとき、
落ちた松明を消防の人が消すようだ。

2回目の小学生の投げ松明は
(1回目は中学生がやったのか?)
なかなか火がつかなかった。
投げては着かず、
会場から「あー」という声。
そんなのが何回かあった。
あれだね、見ていると
誰かが入れるだろうという
気持ちがあるんだろうね。
だんだん、観客の中にはいら立つ人も。

で、10回以上はやっただろうか。
ようやく、火がついた。

一瞬、会場がひとつになった瞬間だった。


ブログ20100823 071
投げ松明も終わり、
あとは花火だけ。
舟っこ流しが終わった後、
人がいなくなったけれど、
花火が近付くにつれ、人が増えていく。


ブログ20100823 076
消防の人は暗くなっても、
消化活動。完全に火を消すようだ。

あとは花火があがって、
30分後、渋滞の中、帰宅した。
花火は撮ってません。


燃える舟っこをアップで見たい方はこちら。

・風と光と: 鎮魂の炎
・morioka暇人日記: 舟っこながし

盛岡舟っこ流し
http://moriokafunekkonagashi.com/index.shtml

舟っこ流しとは
舟っこ流しの始まりは, 今からおよそ280年ほど前, 盛岡藩四代藩主 南部行信の七女 麻久子姫が
川施餓鬼 (かわせがき) の大法事を行ったものとされています。
1815年に津志田遊郭の遊女たちが乗った舟が氾濫した北上川で転覆し, 溺れ死んだ霊を慰めるため,
舟に位牌と供物を乗せて流すようになり, 以後盛んに行われるようになりました。
いまでは祖先の霊を送り, 無病息災を祈る行事となっています。
(出典:盛岡舟っこ流し リンク先:上記盛岡舟っこ流しリンク)
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岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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