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愛や虐待も受け継がれる 第35回(最終回)、購入:ネットオフ、斎藤学(さとる):アダルト・チルドレンと家族。

アダルト・チルドレンと家族
愛や虐待も受け継がれる 第0回
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第35回(最終回)



第6章
「嘆き」から「癒し」へ



ここからは
安全の場を確保した
アダルト・チルドレンが
回復の第二段階である
トラウマを回想し、嘆く
というものです。


治療のことについては
詳しくは書きませんので
興味のある方は
自分で調べるなり、
本書や関連書籍を
手に取ってみてください。


ここでは、
目次として箇条書きに書いておきます。


【家族アルバムを用いたグリーフ・ワーク】


【情緒をともなわない回想】


【手紙に書かれた回想】


【グループのなかでの回想】


【サイコドラマのなかでの回想】



●失われたものを嘆く


●インナー・チャイルド


●インター・チャイルドとの不幸な出会い


●怒りと涙



この章を読んでいると
ここでは感情をいかに取り戻すか
という作業をしているようです。


トラウマの回想といっしょに
怒りや涙を出し、
失われたものを嘆く。


子どものころに失ったものに対して
認識し、過去のものとし、
自分の物語の一部として認める。


失った過去に対して葬式を済ませる、
ということのようです。


トラウマ体験を閉じ込め
感情と切り離していますので、
自己の感情を取り戻すには
トラウマと向き合う必要があるようです。


自己の感情を取り戻したあとは
リコンストラクション
(人間関係の再建)という
作業に移るようです。


『トラウマは必ず喪失をともないます。
この喪失体験の連続が、
サバイバーの訴える
痛切な寂しさの原因です。
しかし、「喪失を嘆くこと」は
困難な作業であり、
加害者への復讐の思いに駆られたり、
加害者とみなす人への
賠償金取り立てを試みたり、
逆に何もかも許すことによって
心の負担から逃れようとしたり、
といった横道に
それやすい仕事でもあります。』
(アダルト・チルドレンと家族 P192-193)


ここを読んでいると
自分と向き合うことが大切であり、
逃げることは
何の解決にもならないことが
わかります。


何もかもが許すことが
美徳のように言われる傾向がありますが、
それは本人にとっては
何も解決していないのです。


本人の心や過去を
無視してしまっています。


復讐や恨みも
何も解決にはなりません。


その根源である
失ったものと向き合い
怒り、嘆き、
感情を出すことが必要のようです。


そうすることによって
閉じ込めてした過去は動き出し、
感情も動き出すようです。



第7章
変化する私



「嘆きの仕事」の進み方



この仕事はうまくいかない場合もあると、
書いております。
ここではグリーフ・ワークの行程が
書いてあります。


『共依存自己から旅立つことの
危険やおそれ(リスキング)にともなう、
ショック・不安・怒りといった
不快な感覚から始まります。
次いで痛み・絶望の感覚に襲われ、
やがて喪失にまつわる
さまざまな記憶がよみがえり、
これをひとつひとつ嘆くという
順序で進みます。』
(アダルト・チルドレンと家族 P210)


このあたりを読んでみても
本人の過去へ向き合う旅は
大変困難なことがわかります。
けれど、本当の自分を取り戻すには
この道を進まなければ
ならないようです。



人間関係の再構築



ここでは回復の第三段階に
相当する部分です。


『過去の外傷から解放された後の、
未来の創造にかかわる課題です。
新しい自己の創造といっても
いいでしょう。
自己を守り、
自己を傷つける相手と戦うことを学習し、
トラウマに再び出会うことを
防ぐ術を身につけた
新しい自己です。』
(アダルト・チルドレンと家族 P222)


アダルト・チルドレンが
身につけるべき課題が書かれています。



①まず、将来の自己を襲うもの
(自己を傷つけるもの)と闘い、
身を守ることができるように
ならなければなりません。

②次いで、闘ったり
逃げたりする必要のない人を弁別し、
共に過ごせるようになることを
学習しなければなりません。

③そして最後に、
最も重要なこととして、
いままで蔑み(さげすみ)
忌み嫌ってきた自分自身との
和解を達成しなければなりません。

(アダルト・チルドレンと家族 P223-224)


アダルト・チルドレンにとって
自己を守るために闘う、
というのは、
新鮮な感覚ではないでしょうか。


全て自分が悪いと思っていたり、
ずっと我慢して耐えていたり、
全て受け身で動いていたわけで、
身を守るために
はっきりと自己主張しても
いいんだ、と思うでしょう。


我慢しなくてはいけない、
という受け身から
脱しなければならないのでしょう。



怒りの受けとめ方―親と治療者へ



『グリーフ・ワークを進めていくときに
出てくる「親への怒り」は深刻です。
私がセラピストとして、
あるいはグリーフ・ワークに
付き合う人間として
心掛けていることがあります。
それは
「もういいかげんに
親を怒るのを止めなさい」とか、
「過去のことなのだから」とか、
「親だって大変だったんだから、
それを理解して和解しなさい」
というようなことを
一切言わないということです。』
(アダルト・チルドレンと家族 P229-230)


どうやら
怒りを途中で抑制させないで
出させることが必要なようです。
怒りは放出しつくすときというのは
必ずくる、と書かれています。


怒りを受け止められるようになれば、
子ども側の態度に変化が生まれるようです。


理解してくれた、とわかれば
態度も変化することでしょう。



すこし話は変わりますが
例えば、クレーム、苦情などの対応も
相手を理解するところから始まります。


本書では、
親は選ぶことができないから、
親はあのような存在であることを
受け入れるところから始まる、と
書かれています。



「自分」を発見する



『ある女性が最近、
「結局、私は”私”と
話したかったんですね」と
言いました。』
(アダルト・チルドレンと家族 P234)


『過去の悲惨な状況は
変化のさせようもありませんが、
現在の彼女には、
その悲惨を乗り越えた栄光が
当たっているように思えます。
この光のなかで回想するからこそ、
ほんの少し前までは
「とても語れない」と
思うような真っ暗な過去も
笑い話のように
語ることが出来るのです。

チャールズ・ウィットフィールドはこれを、
「犠牲者物語から英雄物語への転換」
と呼んでいます。』
(アダルト・チルドレンと家族 P235-236)


自分の過去を
暗黒の世界として語ることから
笑い話として語ることが
できるようになっているのでしたら
自己を手にしていることでしょう。



本書はこれで終了となります。


私自身の話を最後にしておきますと、
親や親族とは縁が切れてしまっています。
噂ですと、
私は東京で働いていることに
なっているようです。


十数年、盛岡にいるんですけれども。


あきれてしまっています。
そのうち、どこかの大企業の
役職がついてしまっているかも
しれません。


正直、今でも関わりたくないと
思っていますし、
これからも関わることもないですが、
親に対しての
恨みや怒りといったものが
心の中にあるか、というと
よくわかりません。
そんなことに労力を使うのが
無駄と思っています。


自分が今のようになった
原因のひとつとして
子ども時代の影響があるわけですが、
それを恨んだところで
過去は変わることではなく、
自分が変わるわけでもなく、
自分の環境が変わるわけでもないことに
気が付くようになります。


ただし、
こう思えるようになるには
過去と向き合わなくてはなりませんし、
自分の気持ちを認めなくてはなりません。



ニュースで
同居している子どもが
親を殺害するような話が
稀に出てきますが、
正直申しまして、
私もこれは他人事ではなくて
もしかしたら、
そっち側にいたかもしれない、と
思っています。


親を殺さず、
刑務所に入ることもなく、
自分を殺すこともなく、
自立して自由に
生活できている自分を見ていると
生きているだけでも
儲けものだな、と
思うときがあります。


それと同時に
自分の残りの時間を考えて
自分の手が思いどおりに動くことや
自分の身体に触って
感覚があることを確認して
自分という存在が
あとどのくらい
この世の中に
いることができるのだろうか、
と思うと、
自分のできることをしよう、と
気持ちを入れ直します。



今回は子育ての話から
トラウマやアダルト・チルドレンの
ことについて書きました。


私自身のこともありましたが、
子育てが聖域扱いされて
向き合ってこなかったツケが
今の時代に大きくまわってきている、と
考えています。


もちろん、
昔の知識と今の知識では
全然違いますし、
科学的な研究も
今の時代のほうがいろいろとしています。


よくあるのが、
昔の統計を持ち出して
昔はもっとひどかった、などという
話しをするパターンがありますが、
今現在でも苦しんでいる子ども、
自殺してしまう子ども、
虐待の影響を一生背負ってしまう人々、
そういった人たちがいるわけで
そういった人々を
否定する行為と同じです。


そんなものは
何の解決にもなりません。



お手本のような
家族、親などというのは
まず、いないと思っていいでしょう。


けれど、
なんとかしよう、とする
その姿が大事ではないでしょうか。



愛や虐待は
ずっとつながっていくのです。



今回もいろいろと
読み返してみると
新たな発見や
自分の過去を振り返るきっかけに
なりました。
勉強もさせていただきました。


6月から約8か月と
長い連載となりました。


ありがとうございました。



2月はお休みをいただき、
次回は3月からスタートします。


次はジャンルを変えていきます。
もしかしたら、
1年以上かかるかもしれません。



本当にありがとうございました。


子どもたちの生きる未来が
少しでも生きやすくなりますように。



【出典・参考】
アダルト・チルドレンと家族
斎藤学(さとる)
学陽書房



【購入先】
ネットオフ

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Author:ウシポニ

岩手県盛岡市在住。もりおかの中から感じたことを書いております。個人的なブログです。【このブログについて】

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  • 感想文の更新は終了いたしました。ブログの更新も2016年6月をもって終了いたしました。今後の更新はございません。今までありがとうございました。
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